レムウェルの隠れてない隠れ家

Web小説更新記録やゲーム日誌

web小説 月下の白刃⑤

「……」

 腕の中の半裸な樹里の姿を視認した途端、金城さんを取り巻く空気が、一気に氷点下へと陥った様だったっす。

 ……こ、怖いっす……腕の中の樹里も恐怖で打ち震えているっすよぉぉぉぉぉ!!

「か、金城さん!勘違いはいかんっすよ!!これにはマリアナ海溝よりも深い事情が……」

「手下A……あんた……たしかにあんたは手下Aよ……何年経っても手下Aの堤下栄だけど……だけど、だからと言ってやって良いこととと悪いことがあるでしょう!こんないたいけな少女に手を出そうとするなんて……そんな事……そんな事、誰が許すと思っているのかぁぁぁぁぁ!!」

「ま、待つっす!待つっすよ金城さん!!」

「貴様のような外道の毒牙に掛けるくらいなら……この私がその少女の全てを奪ってくれるわぁぁぁぁぁ!!」

「早まっちゃいか……へ?今なん……う、うわぁぁぁぁぁへぶしっ!!」

 家具を巻き込み吹き飛ぶ俺……樹里は半泣きの表情で、身動き取れずに金城さんにされるがままっす……そんな風に助けを求められても、今の俺にはどうすることもできないっす……すまんっす……。

 ソファーに仰向けに抑えつけられ、目尻から涙を滲ませ引きつった顔でブンブンと首を振る樹里に、金城さんは満面の笑みを浮かべて声を掛けたっす。

「うへへへ♪初な奴よのぅ……そんなに怖がらなんでも、この儂が一から十まで快楽の全てを教えてしんぜうべしっ!」

「はい、そこまで。」

 あ……あぁぁぁぁぁ!!絶体絶命のこの危機に、救世主が現れたっすぅぅぅぅぅ!!

 樹里の貞操が奪われるまさにその瞬間、水無月の兄貴が放った……へ?あれって鉄製のうちの中華鍋……いくら半妖の金城さんでも、それを頭部にガツンはちょっとまずいんじゃないっすか?

 兄貴は金城さんの頭部に叩きつけた中華鍋をポイッと投げ捨てると、付いた埃を払うかのようにパンパンと手を鳴らし、真顔でとんでもないことを口走ったっす。

「悪は滅びた。」

「……」

 え、え~と……ここは笑うところっすかね?

 俺がリアクションに困っていると、兄貴はこっちにずいっと体を寄せ、涙を流しながら俺の肩をポンと叩いて口を開いたっす。

「それよりも堤下!俺は……俺は嬉しい!お前にもとうとう春が来たんだな!例えその相手がロリータだったとしても、俺は当人同士が良いって言ってるんならそれでいいと思うぞ!」

「い、いやそれはちが……」

「例えお前が畜生にも劣る最低なロリコン野郎なんだとしても、俺のお前への信頼は変わらない!」

「……」

「それよりも俺は……事実お前が生きる価値のないロリコン野郎であたって事よりも、お前にとうとう彼女出来たって事が何よりも嬉しい!例えそれが世間的には許されざるロリータコンプレックスであったとしても!そう!俺は嬉しいんだぁぁぁぁぁ!!」

「……」

  神様……この人コロシテ良いっすか?今この場でこの人刺し殺しても、きっと誰も俺を責められないっすよね?

「堤下ぁぁぁぁぁ!!」

「はいぃぃぃぃぃっすっ!」

「相手だったら何時でもしてやるぞ?」

 ガァァァァァァ!この人やっぱり人の心が読めるっすよぉぉぉぉぉ!!

 口元には笑みが浮かんでいるのに、瞳の奥にはドライアイスよりも冷たい光が宿ってるっす……ぶるぶる……。

「くっ……」

 俺が恐怖に打ち震えていると、鉄製中華鍋で脳天を通打された金城さんが頭を抑えながらゆっくり立ち上がったっす。

「誰じゃ……我の命を脅かす命しらずの愚か者は……。」

 ……?

「ふふふ……さすがは千年の時を生き、世界中を恐怖のズンドコに陥れた大魔王……今の一撃で死ななかった奴は初めてだ……。」

 な、何事っすか?

「貴様か?……よかろう……それ程命がいらないというのであれば、この儂が一撃で黄泉の国へと送り込んでくれるわぁぁぁぁぁ!!」

 ……ま、まさかこの二人……

「望むところだ大魔王!世のため人のため、世界平和のためにこの俺が貴様を地獄の底へと送り返してやるぜぇぇぇぇぇ!!」

 ま、間違いないっす!この二人、間違いなく酔ってるっすぅぅぅぅぅ!!

「や、やめるっ……うぎゃっ!!」

 俺は無力にも吹き飛ばされたっすぅぅぅぅぅ!!

「「トリャァァァァァァ!!」」

「や、止めるっすぅぅぅぅぅ!俺の部屋が壊れるっすぅぅぅぅぅ!!………あ。」


 そして、二人を止められない自分の無力さを噛みしめ、この先起こるであろう惨劇を思って右往左往していると、神様が一つの奇跡をこの場に起こしてくれたのだったっす!

「「トリャァァァァァァ!!」」

 気勢をあげながら飛びかかる二人……しかし次の瞬間この場に一つの奇跡が起こったっす!!

―ガツン―
「うぎゃ!」

―ドカッ―
「いでっ!」

=ゴツン=
「「うべしっ!!」」

「「……」」

 目の前で繰り広げられたドリフのコントばりの出来事に、只、唖然とすることしかできない俺と樹里。

 金城さんは飛び上がった時に電気の傘に頭をぶつけ、兄貴は足を踏み出した時に足の小指をテーブルにぶつけて互いに体勢を崩し、最後にはお互いがお互いの頭に頭突きをかましてダブルノックダウンと相成ったのだったっす。

 酔っぱらっているとはいえ、この二人にはあり得ないこの状況……きっと哀れな手下Aに神様が救いの手をさしのべてくれたに違いないっす!viva神様!あんたに一生付いていくっす!!

 さっきまで恐怖に打ち震えていた樹里も、落ち着きを取り戻したようで、落ちていた菜箸で二人をツンツンとつついているっす。

「樹里、止めるっすよ。後でどんな仕返しされるか分かったもんじゃな……っ!」

 そこまで言ったところで、突然一つの気配が風に乗ってこの場に流れてきたっす。

「……これは……」

=ガバッ=

「……殺気と妖気。」

「それと血の臭いだ。」

 それまで床で、車にひかれたヒキガエルが如く伸びていた二人が、突然ガバッと起き上がり、真顔でそう口を開いたっす。

 さすがっすね。気絶していても、こんな小さな気配を敏感に察知して目覚める事できるんすから。

 今のノックダウンで酔いが醒めたっすかね?

「事件よ!手下A!私に着いてきなさい!」

 金城さんは、こっちも見ずにそう声を上げると、ガバッと立ち上がり玄関に向けて走り出したっす!

「は、はいっ……す?」

 ……あれ?金城さん、なんか体が左に傾いてるっすよ?

「あれ?……うにゃっ!…うにっ!…うぎょっ!…うみゅっ!……うみゃぁぁぁぁぁ……」

 そのまま壁に激突し、狸の置物に躓くとピンボールが如く、右へ左へと壁にバウンドすると、そのまま玄関脇にある非常階段を転がり落ちていったっす。

「……」

「……み、美依さん!貴様!よくも美依さんを!」

 続いて水無月の兄貴が、そう声を上げると真顔で構えを取ったっす……狸の置物に対して。

「美依さん仇は、この俺、水無月裕太が取らせてもらう!トリャァァァァァァ………あ……あ!…あぎゃ!…あぎっ!…うぎっ!…ぶぎっ!…ふぎゃぁぁぁぁぁ……」

 まるで、録画ビデオの再生シーンを見ているかのように目前で繰り広げられるその光景……兄貴は金城さんと同様に、非常階段を転がり落ちていったっす……あの二人、一体何しに来たんすかね?

「……は!んな事よりも、問題はこの妖気の出所っす!樹里!俺は少し出るっすから先に寝てるっす!」

 そう樹里に声を掛けると、何か言いたげな彼女を残して、俺は月が明るい夜の街へと躍り出たのだったっす……。










 あ、樹里に二人の世話するように言っとくの忘れたっす。