Web小説 炎の意思
―炎の意志―①
「炎の意志をもって我がもとへ・・・炎を統べる王の中の王よ・・・来たれイフリートォォォォォ!」
あの戦いが終わってから3ヶ月が過ぎた。
リーダーである岸本が死んでからは、組織を男爵が受け継ぎ、俺らはそれを支持したので、職にあぶれることもなく今に至っている。
今日は厄介な奴が相手だったから、この俺・仁藤基と薫、猫女に堤下と、組織の中でも腕利きのこのメンバーでの仕事と相成った。
「う~ん終わった!最後は仁藤にいい所持ってかれたけど・・・まぁいいか♪さて、早く帰って裕太と・・・むふふふ・・・」
そう、一人妄想に耽る猫女に、ため息を吐いてタバコに火を点けながら視線を送る俺。
「・・・私、先に帰りますね。」
突然そう言い出して、こっちの返事も待たずにさっさと歩みを進める薫。
・・・またか。
「・・・薫ちゃん、なんだか最近付き合い悪いわよね・・・ダメよ仁藤!いくらなんでもいきなりアオカン迫ったり、いきなりコスプレさせたりしちゃ!女の子はもっと慎重にだね・・・」
「するか!あんたらじゃあるまいし・・・」
「つーか、いきなりじゃなければいいんすか?」
「あら。私は裕太が望めば何だってしてあげるわよ?いやん♪」
わざとらしく乙女チックに両手を顎に当てて艶声を出す猫女に、俺たちはげんなりとした視線を送る。
「それじゃあ仁藤の浮気で決定ね♪ダメよ~♪女の子はその手のことに敏感なんだからぁ♪バレないと思って油断してると後ろから『ズドン』とやられるわよ・・・けけけけ・・・」
「だから違げぇって!水無月じゃあるまいし・・・」
「・・・あんた何か知ってるの?」
突然、その場の空気が零下に陥ったかの様に凍り付く。猫女の妖気が明らかに先ほどとは違った高まりを見せ始めている。
・・・水無月・・・またなんかやったのか?
「・・・最近裕太の様子が変なのよ・・・何か話しかけても上の空だし、卒論がどうのこうのって相手してくんないし・・・手下A!」
獲物を見つけた猛獣の様な目つきで堤下を睨み付ける猫女。
「は、はひ!」
堤下は、直立不動になり、蛇に睨まれたカエルの如く冷や汗をかいて固まっている。
「あんたと合コン行ってからおかしいのよね・・・あんた何か知らない?」
「し、ししししらないっすぅぅぅ!あっ!お、俺も今日、用事あるんだった!そ、それじゃお先に失礼いたしますっすぅぅぅぅぅ!」
そう言って脱兎の如く走り去る堤下。
あれは何か知ってるな?水無月の奴一体何やったんだ?
その後の展開を思いやりながら猫女を盗み見ると、意外にも溜息を吐いただけで堤下を見送っている猫女の姿があった。
「・・・さて・・・」
俺の視線に気付いたのだろう、そう言いながらこちらに向き直る猫女。
「邪魔者も追い払ったことだし、あんたの話を聞きましょうか?」
「っ!」
意外なセリフに目を丸くする俺。
「だてに年はくってないわよ。薫ちゃんの事で相談事があるんでしょ?」
「・・・」
『女は怖い』・・・そう身を持って思い知った俺なのであった。
「さて・・・何があったのか、お姉さんに話してごらん♪」
目を爛々と輝かせ、そう口を開く猫女。
俺と猫女の二人は、取り敢えず近場の茶店に入り込み、話を始めることと相成ったわけだが・・・くそっ・・・何でよりにもよってこいつに相談しなきゃなんねぇんだ・・・。
事の理不尽さに舌打ちしたいとこだったが、機嫌を損ねたらどんな報復が繰り出されるか分かったもんじゃない。しかも、俺の知り合いで薫と接点がある女はこいつしかいねぇんだからやむを得ねぇ。
だが、取りあえずは違う話から入ることにした。出来ればこっちのペースで話したい。
「それより水無月の事はいいのかよ。堤下のあの様子じゃあいつ、なんかやってんじゃねぇのか?」
「あぁ合コンの件?あの件なら大丈夫。手下Aを追い払う方便だから。実はあの合コン、手下Aに彼女を作るために、裕太と私が画策した合コンで、紹介しようと思ってた女の子以外の女性は、みんな私らの知り合いの妖魔の女性だから。因みに私も変装して参加してたわよ?ほら、これ。」
そう言って差し出してきた携帯の画面を見て、俺は絶句する。
その画面に写っているのは、今俺の目の前に座っている小憎らしい猫女とはかけ離れた、大きめの眼鏡と帽子を被った清楚且つ大人しげな雰囲気を漂わせる、男の保護欲を掻き立てる絶世の美少女の姿だった。
「手下Aは最後まで私だって気付かなかったわ。」
言葉も出ない俺を尻目に、猫女は話を更に続ける。
「裕太もこの変装が気に入ったみたいでね、最近じゃエッチの度にこの格好をさせられるわ♪」
楽しげに語る猫女を、やや引き気味に見詰める俺。
お前等バカップルの床事情何ぞ聞きたくもない。
「手下Aが慌ててたのは、この姿の私と裕太が手に手を取って闇夜に消えていったからよ。」
そりゃあいつも慌てるだろう。俺もその場にいたら多分同一人物だとは気付かない。それ位、本人と似ても似つかない画像だった。
「で・・・堤下に彼女は出来たのか?」
「・・・聞かないで・・・私も裕太もあれ以来、あいつが哀れで哀れでしょうがないって思ってる事だけ付け加えておくわ・・・。」
・・・あいつ何やったんだ?
「まぁそれは兎も角、薫ちゃんは一体どうしてあんなに不機嫌なのかな?」
精神的に立て直せないまま突然話を戻され、あっさり俺の目論見が潰えてしまう。
「・・・分かんねぇよ。分かってたらあんたに相談持ち込んだりしてねぇよ。」
「まぁそれはそうなんだけどね。それを言ってたら事が始まらんでしょ?何かないの?ああなるきっかけか何か。」
「・・・あんな風に俺を避けるようになったのはここ一ヶ月の事だ。それまでは至って普通に・・・」
「ラブラブだったって訳だ♪」
俺のセリフを遮る猫女に、思わず俺は舌打ちをする。
だからやだったんだよ、こいつに相談するの・・・。こうやって、面白がって茶化すに決まってる。
「なるほどなるほど・・・まぁ思い当たる節、無いわけでないな。」
―ガタン―
意外な言葉に思わずイスを倒して立ち上がる俺。
「何だって?」
たったこれだけの話でかい?!
オレンジジュースを口に含んで意味ありげに視線を向けてくる猫女。
「・・・知ってるなら早く教えろ。」
「あら・・・それが人に教えを乞う態度かしら?」
足を組み、背もたれに片肩肘を突いて胸を張りながら余裕たっぷりにそう嘯く、小憎たらしい猫女・・・。
「・・・教えてくれ。」
「い・や・よ♪」
精一杯の譲歩を見せる俺に対し、猫女は笑みを浮かべてわざとらしくそっぽを向いてそう言い放ちやがった。
「てめぇは・・・」
「怒っちゃいやよん♪は・じ・め・ちゃん♪」
「いつか殺す・・・。」
肩を震わせ怒りを露わにする俺であったが、猫女はどこ吹く風だ。
「ま、ホントの事言うと、私の口から言うわけにはいかない事なのよ。」
猫女はシャクシャクとストローでグラスの中の氷をかき混ぜながら、今度はそんなことを言いやがる。
「何だと?」
「今回、私があんたと話をする気になったのは、あんたが何処まで気付いているのかと、あんたが何処まで薫ちゃんの事を想っているのか確認する為よ。」
「どう言う事だ?」
こいつの言いたい事がさっぱり分からん。
「薫ちゃんが何故ああして"悩んで"いるのか、何故"あんた"に相談しないのかは自分で考えてみなさい。」
薫が悩んでいる?俺に話しもせずに?
・・・腕を組んで頭を悩ます俺。気付くと猫女はいつの間にか居なくなっていた。
目の前に写るのは・・・大量の食器の山と二人分の伝票と途方に暮れた様子で俺の方を見つめている喫茶店の店長の姿だった・・・あいつ絶対いつか殺す。