レムウェルの隠れてない隠れ家

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Web小説 炎の意思②

ー炎の意思②ー


「・・・そうか・・・分かった。」

 俺は携帯を切ると、キーを捻ってエンジンをかけ、アクセルを踏み込んで車を走らせ始めた。

「薫の奴・・・」

 小さく毒づきながらハンドルを目的地に合わせて右に切る。

 あの後、自宅に帰り着いてから猫女の言った意味に気付いた俺は、その事を奴に確認するため携帯を手に取った。

『・・・言っとくけど、私は薫ちゃんからは何も聞いていないからね?私がそれに気付いたのは、私が半妖だからよ?彼女は一人で苦しんでるの。その事をちゃんと汲んであげなよ?』

 そう締めくくって猫女は話を切り上げた。俺はその言葉に電話口で頷くしかない。

 あいつが・・・薫が何故その事を俺に言わないのか・・・それは恐らく・・・いや、間違いなく俺に気を使っているからだろう。

 それは俺の力の無さと心の弱さにも起因している事だ。

「くそっ・・・」

 心の奥に、怒りが沸き起こる。

 この怒りは薫に対しての物じゃない・・・自分自身に対しての怒りだ。

 弱い自分に対しての怒り・・・。

(あの頃から、俺はどれだけ成長できたんだ?)

 薫と出会った頃の自分を思い浮かべる。

 どうしようもなく無知で、どうしようもなく馬鹿で、どうしようもなくガキだったあの頃の俺・・・。

 自分でも目を覆いたくなるほど愚かだったあの頃に、俺は薫と出会った。

 ・・・お互い第一印象は最悪だった。

 俺は薫のことを、いけ好かない大家のぼんぼんだと思ってたし、薫は俺のことをどこの馬とも知れない野良犬のような奴だと思っていたらしい。

 それはお互いがお互いの無いところを羨むコンプレックスの裏返しだ。

 符呪士の大家の跡取りとしてのしきたりに縛られ、男として育てられたが物的な苦労とは無縁で育った薫と、捨て子同然で育ち、その日の命をつなぎ止めておく事にも苦労したが自由だけには事欠かなかった俺・・・。

 俺は俺が持っていないもの全てを持っている薫を敵視し、薫は自分が唯一手にすることが出来ない自由を謳歌する俺を羨んだ。

 しかし、自分達の考えが、お互い如何に幼稚な物であるかに気付くのにそう時間は掛からなかった。

 気付いた時には、お互いの存在がお互いにとって無くてはならない歯車の一つとなっていたのだ。

 それからだ・・・俺が強さを求め始めたのは・・・。惚れた相手の足下にも及ばない自分の弱さが許せなかった。

 これもコンプレックスと言えなくはないが、能力(ちから)以上に薫の心の強さに追い付きたいと思っていた分、男爵に憧れ、魔族に身を落とした藤堂のおっさんや榊よりはマシだろう。

 やがて、能力(ちから)に関しては薫と肩を並べるほど成長したが、心に関しては自信がない。

 その心情を、薫は分かっていたから黙っているのだろう。

(くそっ・・・全然成長してねぇじゃねえか・・・)

 惚れた相手にこういう形で気を使われる自分の弱さと、俺のこの怒りに気付かない薫に腹が立つ。

「待ってろ薫・・・」

 俺は我知らずそう呟き、薫の住むマンションへと向かったのだった。








 薫の住むマンションに到着すると、丁度薫が建物から出てくるところだった。

 俺は車を薫の前へと滑り込ませて窓を開ける。

「基!・・・何の用ですか?私は今から行かなくてはならないところが・・・」

「乗れよ。送ってく。」

「・・・私は、呼び出しがあったので、今から宗家の下に行かなくてはならないのですよ?」

 遠回しに、俺の申し出を拒否しようとする薫。俺がこいつの実家にコンプレックスを持っていて、極力近寄らないようにしていたのをよく知っていてのこの言葉だろう。

「構わねぇよ。」

 俺の答えに薫は驚いた顔を見せる。ああ言えば、着いてこないと思ってたな?

 だが俺は、今はその駒野家の宗家に用があったのだ。

「・・・どういう風の吹き回しですか?あなたがあそこに足を運ぼうとするなんて・・・。」

「別に・・・只の気まぐれだ。それに家まで上がり込むとは言ってねぇだろ。」

「・・・また、父上に何かされても、私では庇い切れませんよ?」

 俺を怒らせて帰らせようとの腹だろう、薫はそんな事を言ってくる。

 俺は薫のおやじには徹底的に嫌われていて、以前薫の実家に行ったときに、こてんぱに伸されたことがあるのだ。それ以来あの家には近づいていない。

「・・・」

 俺は無言で前を見て、薫が乗り込むのを待つ。

 やがて根負けしたのか、薫はため息を吐きながら助手席に乗り込んできた。

「ほら。」

 俺がアイマスクを差し出すと、薫はそれを無言で受け取り装着する。薫は乗り物系がてんで駄目で、視界を塞いで極力揺らさないように運転しなければ直ぐに酔ってしまう。俺の車は、薫用に、ステアリングを特注して極力衝撃がシートに届くのを防ぐように改造してある。それでも酔うときは酔ってしまうので、アイマスクは手放せない。

「着いたら起こして下さい。」

 そう言ってシートに背を預け、口を閉じる薫。

 俺は無言で了承すると、静かに車を走らせ始めたのだった。








「着いたぜ?・・・いつも思うんだが、目隠しした上に、こんだけ静かに走らせてる車に乗ってて、どうしてそんなに酔えるんだ?」

 俺は、青い顔でシートに背を押し付けてる薫に、苦笑しながらそう声をかける。

「・・・余計なお世話です・・・。」

 俺の言葉に、アイマスクを取り外しながら不機嫌そうにそう返して、車のドアを開け放って車を降りる薫。

「・・・」

 肩を竦めて、俺も同時に無言で車を降りる。

「・・・?どうしたんですか?」

 俺の行動に、不思議そうに・・・と言うか怪訝そうにそう疑問を投げかけてくる薫。

 しかし俺は、その問いかけを無視して、薫の隣を歩く。

 目の前にあるのは、敷地面積が東京ドーム六つ分はある薫の実家の正門だ。

 薫は、その正門の脇にある小さな使用人入り口に手をかけ、その扉を開いた。

「・・・送って頂いてありが・・・」

 そう言いかける薫を制して俺は、薫の脇をするりとすり抜け、敷地の中へと足を踏み入れる。

「っ!基!冗談ではなく父上が・・・」

「そこまでだ!・・・泥臭い気配に誘われて出てみれば、やはり貴様だったか、仁藤基・・・」

 そう言って現れたのは、駒野家の宗家に当たる駒野長門・・・つまりは薫の父親だ。

「父上!言って良いことと悪いことが・・・」

「薫!貴様は黙っておれ!全く、こんな男に騙されおって・・・。小僧!一歩足を踏み入れ、我が屋敷を汚した事は薫に免じて見逃してやろう・・・。だが、それ以上入り込むと言うのであれば敵と見なして問答無用で排除する!分かったならば、今すぐ我が視界より消え失せろ!不愉快だ!」

 その言葉に、薫は頬を朱に染めて怒りを露わにする。

 一歩足を進めようとした薫を制し、俺は無言で宗家に向かって一歩足を踏み出した。

「基?!いけません!下がって下さい!」

 薫の警告を無視して、俺はさらに足を進める。

「・・・警告はしたぞ?」

 その言葉が耳に届いたその瞬間、俺の視界はぐにゃりと歪む。

「これは・・・駄目!基!今直ぐ逃げ・・・」

 言葉の途中で空間が完全に隔離され、薫の声は遮断される。

 何の前兆もなく、突如発動した宗家の術に、俺の心に戦慄が走る。

「化け物め・・・」

 こめかみに冷や汗を滴らせそう呟いたのち、一つ深呼吸を入れ、ジッポに火を入れて臨戦態勢を敷いたのであった。