web小説 月下の白刃⑭
俺の放った『巨人の聖鎚(トールハンマー)』をまともに喰らい、風陀羅は息も絶え絶えで倒れているっす。
命を失わずに耐え凌いだのはさすがっすが、もう戦う力が残っていないのは一目瞭然だったっす。
俺の身体もさすがにダメージが深かったっすが、『金剛壁』のお陰で致命傷には至っていないっす。右肩のダメージはまだまだっすが、残りの傷はその大部分が塞がっているっす。ただ、失われた血液までは戻る筈もなく、貧血で立っているのも辛い状況ではあるっすが。
俺はトドメを刺すべく、ナイフを握り直して風陀羅のもとへと足を進めたっす。
―ザッザッ―
風陀羅のもとまで後少し……と言うところで俺の前に立ち塞がる人影が一つ。
「樹里?……どうしたっすか?」
泣きそうな顔でこちらを見つめている樹里。
「栄……あたしのせいで……」
「樹里のせいじゃないっすよ。術者として生きている以上、これくらいは覚悟の上っす。」
「……」
「さぁ樹里……そこを退くっす。ここで止めを刺しておかなかったら、元の木阿弥っす。」
「……だめ。」
ブンブンと首を振り、俺の言葉に拒否をする樹里。
「樹里……気持ちは分かるっすが……」
「……違うの……止めはあたしが……。」
再び激しく首を振り、か細く震えた声ではあったっすが、ハッキリとそう口にする樹里。
「ダメっす。兄妹同士の殺し合いなんて、この俺が許さないっす。」
「……」
「俺は……自分の手で血の繋がった……いや、魂の繋がった……双子の弟の命を奪い去ったっす……能力(ちから)に取り憑かれて、能力(ちから)に呑まれて、最終的には闇に身を堕とした愚かな弟だったっすが、あんな奴でも俺にとっては間違いなく大切な弟だったっす……。」
「……」
「俺は未だにあの時の事を後悔してるっす……何故、あの時もっと早くにあいつの変化に気付けなかったのか……何故あいつの事をもっと理解してやんなかったのか……何故……あいつと戦うって以外の選択肢を捨ててしまったのか……何故……あいつを『殺す』って以外の方法で止めてやれなかったのか……」
「栄……」
「未だにあの日の事は夢に見るっす……自分の弱さが許せないっす……今なら……今の俺なら違う方法が採れるのに……何であの時はあんなに弱かったのか……今なら……今なら!!」
「……栄……」
「……樹里にはこんな思いはして欲しくないっすよ……だからこの場は俺に任せるっす。」
「栄……有難う……でも……違うの……これはあたしがやらなきゃならないの……。」
「何でっすか?!樹里……君がホントは風陀羅を殺したくないって思ってることは、風が知らせてくれてるっす……君が風陀羅命を奪えば、君はいつまでもそれを後悔する事になるっすよ!」
「それは違うわ……殺したくないって言うのは確かだけど、このまま、栄に押しつけてしまった方が、きっとずっと後悔する事になる!……だって……」
「……だって?」
「誰よりもそれを望んでるのが……兄さんだって分かったから……。」
「っ!!」
「あたしは気付いてしまったの……あの時……兄さんにとって……風陀羅にとってそれ以上の生が苦痛でしかったんだって事を……あたしの手に……せめてあたしの手に掛かって死にたかったんだって……でも、あの時のあたしはそれに気付くことが出来なかった……只々、憎しみの果てに刃を振るうことしかできなかったの……そのくせ兄さんの命を奪う勇気もなかったあたしは、自分の命と引き替えに、兄さんを封印する事しかできなかった……それが、更なる兄さんの苦しみに繋がるとも知らず……だから……あたしがやらなきゃ……あたしじゃなきゃダメなの……。」
「それは……」
俺も、その事については察しはついていたっす……何故かまでは分からないっすが、風陀羅がホントは死にたがっている事……更には樹里……いや"樹"に討たれる事を望んでいるって事は……。
でも……
「やっぱりダメっす。それは、言ってみれば風陀羅の我が儘にすぎないっす!……人として転生した以上、これ以上過去に囚われていては……」
「有難う……栄。でもあなたは言ったわ……『兄妹』だって……。転生してもその事には変わりはない。あたしは妹として兄の意志を尊重したい……それに、やっぱり鎌鼬としての義務も果たしておきたいの。」
「樹里……」
「大丈夫……栄が居てくれるからあたしはきっと耐えられる……だから最後はあたしに任せて……咎人であるのは確かだけど……兄さんに……風陀羅に安らかな死を……」
そう言って、樹里はくるりと俺に背を向けて、その手に刃を生み出しながら風陀羅に歩み寄って行ったっす。
「兄さん……ごめんなさい……あなたの想いに気付いてあげれなくて……あなたの想いに応えてあげれなくて……あなたに更なる苦しみを与えてしまって……そして……あなたが望む『あたし』じゃなくって……。」
樹里の言葉にゆっくりと薄目をあける風陀羅……。
「謝罪の言葉は要らぬ。それは、我に課せられし罰が一つ。」
「……」
「……さらばだ、我が妹よ。」
「……さようなら……兄さん……」
そして、樹里の刃が月下に煌めき、風陀羅の身体を貫いたのだったっす……。
「有難う……樹……。」
風に流れて溶けていくその言葉は、とっても安らかなものだったって事だけは確かだったっす……。