レムウェルの隠れてない隠れ家

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Web小説 炎の意思④

ー炎の意思④ー



 俺の放った二筋の熱線は、共に魔獣が纏った炎に遮られ、絡め取られて逆に奴らの炎の更なる糧となってしまった。

 奴らが操る炎が激しい奔流となって、俺の元へと襲いかかってくる。

 それを飛び上がって避ける俺。

「ガルルル!」

「くっ・・・レッドアイ!」

 背後から豹の姿の方の魔獣が襲いかかって来るが、何とかレッドアイをけしかけて迎撃する。


―ブオォォォッ―


「チッ・・・サラマンダー!」

―ブオッ―


 着地したところに襲いかかってきた焔爪猿のブレスはサラマンダーのブレスで迎撃を試みる。

 焔爪猿の炎とサラマンダーの炎は空中でぶち当たりそのまま拮抗する。

 時間にしてほんの1~2秒・・・だが戦いにおいては決定的な隙であるに違いない。


―ブオォォォッ―


 豹の姿の魔獣が、その隙を突く形で焔爪猿のブレスに加勢し、拮抗はいとも簡単に崩されてしまった!


―ブワッ―


 崩された拮抗は一気に加速し、三匹分の炎が俺の元へと押し寄せて来る。

「ハァァァァァッ!!」

 声を張り上げ魔力を爆発させることで何とかその攻撃を凌ぐ俺!

 炎を相殺し、土煙を巻き上げて視界を遮ったところで俺は膝を突き呼吸を整える。

 元々炎の扱いはお手の物だ。炎で俺を殺すことは出来ない。

 だが、無理な炎の無力化は魔力をかなり消費する。

「はぁはぁはぁ・・・」

 片膝と片手を地面に突いて、荒れた呼吸を整えていると、舞い上がった土煙が収まり始め、ゆっくりと視界が開けていく。

「・・・」

 開けた視界の先には二匹の魔獣・・・。

 その顔には笑みらしき物が浮かんでいる・・・この俺をあざ笑ってるかのように!!

「っ!!・・・くっ・・・」

 一気に頭に血が登りかけていたのを何とか押さえ込み、俺はゆっくりと立ち上がる。

(何やってやがるんだ俺は・・・。)

 自分の馬鹿さ加減と臆病さに腹が立つ・・・今の俺にやれることは一つしかねぇじゃねぇか・・・。

(・・・自分の力を信じること・・・。)

 魔獣の姿に怒りを覚えている場合じゃない・・・自分の弱さを今この場で乗り越えてみせるべきだろ!

(やれることは・・・やんなくちゃいけねぇことは端から決まってる・・・)

 俺はゆっくりと右手に握ったジッポを掲げる・・・。

「炎の意志をもって我が元へ・・・」

 俺の呼びかけに、溢れ出す圧倒的な魔力。

「怒りと嘆きの破壊神・・・」

(・・・俺は絶対に強くなる・・・じゃなきゃあいつに会わせる顔がねぇ・・・。)

「炎を統べし王の中の王・・・」

(俺は負けない・・・こいつ等にも、イフリートにも・・・そして自分にも!)

「全てを灰と化す汝が能力(ちから)を持ちて・・・我が身に宿れイフリートォォォォォ!!」

 次の瞬間、俺の体と心を真紅の炎が包み込んだ・・・。



《我を望みし者よ・・・汝が名を唱えよ。》

「我が名は"仁藤基"・・・。」

 突然、頭の中に響いてきたイフリートの物らしき無機質な声に、反射的に自らの名を唱える俺。膨れ上がる魔力と溢れ出る炎を押さえ込むのに手一杯で、質問の意味を吟味する暇もない。

《何故に我を望むか?》

「力が欲しいからだ!」

《何故に力を望むか?》

「薫を守る為だ!あいつを守るために誰にも負けない力が欲しい!」

《否。それは汝の表層の望みに過ぎぬ。我が望みしは汝が真の望みなり。》

「な・・・に?」

《自らが心の奥に潜みし欲望に気付けぬ者に、我を扱う資格は無し。》

「俺の・・・真の望み?」

《汝が本質は全てを呑み込む真紅の炎・・・もう一度問う。汝が望みは何ぞ。》

 イフリートの言葉に、俺は自分の心の奥底を覗き見る。

「俺の本質・・・全てを呑み込む真紅の炎・・・」

 俺は広げた手のひらに視線を落としてその意味を考える。

「俺の望み・・・俺は・・・」

 心に浮き上がる薫の顔・・・。しかしそれは、直ぐ様ぼやけて薄らぐ。

 代わりに浮かび上がってきたのは・・・幼い頃の自分・・・全てを憎み、全てを拒絶し、全ての存在から背を向けて生きていたあのころの自分が心の奥から浮かび上がる・・・。

 吹き上がる激しい感情・・・しかしそれは、決して負に由来する感情じゃない。

「そうだな・・・俺は弱い自分が赦せねぇんだ・・・誰よりも強くありたい・・・。」

 薫を守りたいって言うのも嘘じゃねぇが、それは薫に頼って欲しいってぇ、ちっぽけなプライドの一つに過ぎない。そもそもあいつは俺が守ってやんなくちゃなんねぇほど弱くねぇ。

「俺は・・・俺は誰にも負けたくねぇ・・・宗家だろうと・・・水無月の野郎だろうと猫女だろうと!イフリート!アンタであろうと!そして・・・例え薫であろうと!」

《是。それが汝の真の望み。汝は永遠の孤高・・・だが《個》なくして《全》はなし。この意味しかと心得よ。・・・汝は己が欲をしかと見据え、尚且つ乗り越えた。良かろう。我が力、好きに使うが良い。》

 次の瞬間、更なる魔力と圧倒的な火力の炎が辺りを包む。

《但し、我が与えしは力のみ。それを扱えるか否かは汝次第。生き残りたくば、見事我を制して見せよ。》

「がはっ・・・くっ・・・俺は・・・負・・・けな・・・い・・・負けて・・・たまるか・・・負け・・・ねぇ・・・負けねぇ・・・負けねぇ負けねぇ負けねぇ!俺は!・・・」

『あんたの"炎"は激しすぎる。』

 そこで突然浮かび上がる猫女の姿。

『戦う上ではそれは悪いことではないけど・・・むしろあんたにとっては必要な事なんだろうけど、一つだけ覚えておきなさい。』

 それは、なんかの任務の途中で猫女に言われた忠告の一つだ。

『激しすぎる炎は、全てを灰にしてしまうだけ・・・強くなりたいなら、その"心の炎"をきちんと制御しなさい。』

 『それをあんたがいうのかよ』ってぇツッコミは『ふっ』と軽く鼻であしらわれてしまった。

『"本物"の炎ってのは激しく燃え広がったりはしないものよ?むしろ静かに燃えるもの・・・あんたにこの意味が分かるかしら?』

 やたらと比喩的で揶揄的な言葉だったが、あいつの言いたいことは理解できた。

「頭に血が上りやすいのが俺の欠点だな・・・」

 怒りは俺の炎の源なのだが、それに呑まれちまったら意味がねぇ。

「我が意に従え炎の精霊よ・・・」

 バラバラに燃え広がっていた炎が、俺のその言葉に反応し、俺を中心に渦を巻き始める。

「怒れる御心を我が身で背負いて、我は汝等が主をこの場に喚び出さん・・・」

 炎の渦は次第にスピードを上げ、徐々に俺の元へと集まってくる。

「イフリートよ!我が名は"仁藤基"!こが名に於いて我が力となれ!」

 炎はそのほとんどが俺の"中"へと収まり、残りは手のひらの上でろうそくに灯る灯火が如く小さくはためいている。

《見事なり。我が友よ。》

 無機質な筈のイフリートの声が、なんだかやたらと柔らかく聞こえた・・・。






 俺は、手のひらの灯火を地面に向かって投げ降ろす。

 灯火は螺旋を描きながら地面にたどり着くと、薄い膜となって青白く燃え広がった。

(やっぱり幻術か・・・俺を中心に半径百ってところか?)

 炎から伝わる情報を分析しそう結論付けると、俺はこの状況を打破するための方策を練り始める。

「ガルルル!」「ウキャァァァ!」

 その時、こちらの様子を伺っていた2体の魔獣が、意を決したかのように飛びかかってきた。

 この2体も幻術なのだが、そうと分かっていてもこいつ等から攻撃を受けたら、おそらくダメージは現実の物となるだろう。それ程までに宗家の術は精巧で魔力は強大だ。

 幻術ってのは、催眠効果や暗示を使って、受けた相手の思考を引きずり出して作り出される物だから、受けた本人が少しでもその存在を疑っちまったら現実と変わらない効果が生まれちまう。

 だが逆に言えば、倒したと信じることが出来れば2体の魔獣の撃破は現実の物となる。

 飛びかかってきた2体の牙と爪が届こうかというその瞬間、俺はその2体に意識を向ける。

 2体は空中で壁に当たったかのようにその前進を妨げられると、次の瞬間自らが纏っていた炎に全身を焼かれ、内側から弾ぜて塵と化した。

(後は、この隔離された空間と幻術をどうするかだな・・・。)

 俺は目を瞑り、炎から送られてくる情報を再び分析し始めた。

 そして・・・空間内のとある一カ所に、炎の及ばない部分が存在していることに気が付いた。

(炎が退けられてやがる・・・そこか?)

 敷き詰められた炎が、その一角だけ、空気が遮断されたかのように避けて通っている。

(これは・・・宗家の護符!たった一枚の護符でここまでの術を作り上げやがるたぁな。さすがは宗家と言ったところか・・・。)

 俺は心の中でそう呟くと、意識をその護符に向け、炎を集束させていく。

「白炎灯籠!」

 俺の呪文と共に炎は急速に集束し、白く儚い灯火となって、次の瞬間宗家の護符と共に弾けて消える。

「・・・ふう・・・」

 護符が消えた途端、視界が・・・いや、空間が徐々に崩れ始める。

 その崩壊は次第にスピードを上げ、最終的には薄白く光を放つ霧となって散っていった。

 そして霧の晴れた視界の先には、その顔に驚きを湛えた、薫の姿があったのだった・・・。