レムウェルの隠れてない隠れ家

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Web小説 炎の意思⑤

ー炎の意思⑤ー



「基・・・よく無事で・・・」

「あんまり無事でもねーけどな。」

 俺は苦笑しながらそう返す。イフリートの力がなければあの場を切り抜けるのは難しかっただろう。

 薫は俺の言葉に、更に驚きを深くしてまじまじと俺を見つめてくる。

「・・・な、なんだよ・・・」

「・・・基・・・なんだか少し変わりましたね・・・。」

 少し感慨深げにそう口を開く薫。

 今までの言動から言えば、そう思われてもやむを得ねぇところか。

「・・・待たせたな。」

 俺の言葉に目を丸くした薫だったが、その言葉の意味に気付いたのだろう、一つ息を吐き、にこりと笑って口を開いた。

「いえ・・・それどころか、この日が来るだなんて思いもしませんでしたよ。」

 イタズラっぽくウィンクしながらそう返してくる薫。・・・コイツも変わった。昔はこんな冗談も言えないくらいクソ真面目だったからな。

「ちげーねぇ。」

 頭をポリポリと掻きながら、視線を逸らしてそう応える俺。

 その時、突如として響き渡る宗家の笑い声。

「あっはっはっはっ!・・・なるほど・・・少しは成長したようだな。しかし、今のはまだまだ序の口だ・・・大口を叩くのは、次の一撃を受けてから・・・ってオイ!貴様何処へ行く!」

「・・・薫、行こうぜ。俺の用はもう済んだ。」

「自分勝手なのは変わってませんね。私は父上に呼ばれてここに来たのですよ?私の用はまだ済んではいないというのに・・・。」

 ため息を吐いて・・・しかしどこか嬉しそうにそう言ってくる薫。

「腹減ったんだよ。せっかくここまで来たんだから、あそこ寄って行こうぜ?」

「またウナギですか?私は今、タシロ屋のショートケーキが食べたいんですが・・・。」

「帰りに買って帰ればいいだろう。職場の連中にも、なんか買って帰んなきゃなんねぇし・・・。」

「珍しいですね。貴方がそんな風に他人に気を配るなんて・・・。」

「い、いや・・・今回は何かしとかないと、立場的にやべぇ・・・。」

 そう言い合いながら、戸口の方へと足を向ける俺たち二人。

「こ、こら!待たんか貴様等!儂の話しはまだ済んではおらぬ!・・・薫!大体お前は儂がこの場に呼んだのであろうが!儂の話を聞かずにこの場を立ち去ろうとするは何事か!」

「・・・父上。話しは日を置いて改めて・・・。」

 少し考え込んで、そう答える薫だったが、宗家がそれで納得するはずもない。

「馬鹿者!宗家たるこの儂の言を差し置いて、男の元に走るとは何事か!!」

「・・・ふぅ・・・分かりました。基、今日のところは父上・・・」

 そう言いかけた薫を制して一歩前に進み出ると、俺は宗家に向かって口を開いた。

「・・・薫の腹には俺の子が居る。」

「ち、ちょっと基!」

 慌てたように俺の言葉を遮ろうとする薫だったが、俺は構わず言葉を続ける。

「体調面を考慮して、話しは後日にしてもらいてぇ。」

 最近、薫を悩ませていたのはこの事だ。俺がもっとしっかりしていれば、薫もあそこまで悩まなかっただろう。

「貴様・・・駒野家の子を授かるという事がどういう事かを理解しておるのか?」

 さっきまでの、高圧的だが俺を舐めていたが為にそれ程威圧感が無かったその気配が瞬時に一変し、明らかにさっきとは質の違う、冷厳且つ刃物のような鋭い殺気が俺の身を貫く。

「基・・・何でこうもっと言葉を選べないんですか・・・。」

「悪いが性分だ。」

 ため息を吐く薫にそう言い返して、再びジッポを取り出す俺。

 あのまま何食わぬ顔で立ち去っても良かったんだが、思い直して事実を告げる事にした。

 一つのけじめとして・・・。

 事実を知った宗家が俺を許せねぇっつぅのであれば、それを受け止めるのが筋ってもんだろう。

「薫は下がってろ。」

「出来るわけないでしょう!」

「自分一人の身じゃねぇんだから下がっててくれ。」

「・・・ズルいです・・・。」

 そう言い合っていると、宗家がズイッと足を進めてくる。

「もう一度問うぞ?"分かっておるのか?"」

「・・・"駒野家の子"じゃねぇ・・・"俺と薫の子"だ。」

 俺はそう言い返すと、ジッポに炎を灯す。

「やはり分かっておらぬな・・・望む望まずに関わらず、駒野家の血を引く者は、駒野家の一員であることを宿命付けられるのだ!愚か者が!」

 俺はこの事に関して宗家と言い合うつもりはない。所詮、出自も分かんねぇ俺みたいな人間には理解できない発想だ。多分この件に関しては、薫とも平行線を辿るだろう。

 俺は無言で宗家の視線を受け止める。

「我が一族の名を汚す愚か者よ・・・貴様は今ここで・・・」

「まぁ良いではありませんか。」

 宗家の殺気が最高潮まで強まったその瞬間、その台詞を遮る形で、この場の雰囲気にはそぐわない間延びした女性の声が鳴り響き、その声が3人の動きを瞬時に凍り付かせたのだった。


「・・・で、義母さんが出て来てその場は治まったわけだ?」

「はい・・・。」

 薫はため息を吐きながら、猫女の問いに頷いた。

 命懸けの説得は回避されたから、俺としては良かったんだが・・・

「いや~♪薫ちゃんのお父さんもやるわよねぇ~♪自分の娘より若い奥さん貰っちゃうんだもん♪その上、子供まで作っちゃうなんてまだまだ若いわ~♪」

 俺が買ってきたタシロ屋のプリンを至極満足気にパクつきながら、何だかやけに嬉しそうにそう口を開く猫女。

「笑い事じゃありません!父上は亡き母に生涯後妻は設けぬと誓いを立てていたのですよ?!それを、まだ二年と経たぬ内から・・・しかもその相手は私の友人で・・・」

 そう。あの時現れた女性は宗家の後妻に収まった薫の友人で、先妻・・・つまり薫の母親が死んだ後に駒野家の家政婦としてやってきて、宗家に見初められて恋仲になったんだとかなんとか・・・。しかも既に妊娠6ヶ月。

 事態を把握した薫の冷たい視線を受けながら、それまでの威厳もどこへやら、しどろもどろになって全てを語った宗家は、俺には滑稽であるよりも何やら哀れに思えたってのはここだけの話しだ。

「まあまあまあ・・・お父さんだって一人じゃ寂しかったんでしょ?それに宗家って立場だったら跡継ぎが薫ちゃん一人ってのも問題だと思うけど?年の差だって気にするほどのもんじゃないって♪」

「まぁ金城さんからすれば、駒野のお父さんだってまだまだ若造ブヘヒッ・・・」

「・・・殴るわよ?」

 と、チャレンジャーな堤下に踵落としをかましつつそう言い放つ猫女。

 堤下も学習能力がない。毎回同じパターンでやられてやがる。・・・もしかしてやられるのが快感になってるのか?

「・・・良くないですよぉ・・・私にも世間体って物が・・・」

「でもお陰で基ちゃんとの仲、認めてもらえそうなんでしょ?」

「それはそうですが・・・でも普通、6ヶ月にもなってから言う事じゃないと思いません?」

「娘に言うか言わないかで悩んだ月日でしょ?駒野家の宗家と言えども人の子よねぇ♪」

「それでいて、私達の事は許さないっておかしいじゃないですか・・・。」

「そりゃぁ自分の娘のことだもの・・・こんな何処の馬とも知れない、チャラついた男を前にしたら、誰だって二の足踏むわよ♪」

「悪かったな・・・何処の馬とも知れなくて。」

 そう言って、二人のやり取りから背を向ける俺。猫女には、今回デカい借りを作っちまったから、何を言われても反論できねぇ。

 それに、俺からすれば薫の言い分より、猫女が言ってることの方が理解できる。

 猫女はつまんなそうに鼻を鳴らすと、再びプリンをパクつきながら、ターゲットを薫に変えて話し始めたのだった・・・。












 俺はベランダに出て、タバコに火を点けて遙か遠くをぼんやりと眺める。

『俺は変われたんだろうか?』

 その疑問は、未だに俺の中でくすぶっている・・・。

 だが、猫女にからかわれながらも笑顔を見せてる薫を前にしたら、そんな疑問は何の意味も持たない事なんだって事に俺はようやく気付く事が出来た。

 変われたかどうかなんか大した問題じゃねぇ。

 俺はただ、あの笑顔を守るために能力(ちから)を振るえればそれでいい。

 茜色に染まった西の空を眺めながら、俺は心にそう「ブベシッ!」

「・・・何、一人で染まってんのよぉ・・・一人で締めるなんて百年早い・・・お~い、聞いてるか~?」

 俺の意識は、猫女の踵を頭部に食い込ませたまま、深い闇へと引きずり込まれたのだった・・・いつか殺す。