レムウェルの隠れてない隠れ家

Web小説更新記録やゲーム日誌

web小説 月下の白刃⑧

(……樹……。)

 その名前は、鎌鼬に襲われた帰りに、意識を失った樹里がうなされたように口にした名前だったっす。

「それがあなたの名前?」

「……分かんない……。」

 そう言って再び俯く樹里だったっすが、少し落ち着いて来たのか、ポツリポツリと語り始め、一通り語り終えると、俺に縋るような視線を向けてきたのだったっす。

 樹里の話しは、樹里自身がもともと無口だったこともあり、途切れ途切れで要領を得なかったっすが、要約するとこんな感じの話だったっす。




 樹里は、生まれてこの方、同じような夢を見続けていたっす。
 それは、自分が人間ではなく妖魔の姿で過ごす夢だったっす。
 妖魔ではあるものの、生活そのものは穏やかなもので、毎日を森の中で静かに過ごし、気が向いた時に人間の住む街に下りて行き、他愛もない悪戯をしては森へ帰っていくといった生活を繰り返していたっす。
 永遠に続くかと思われた穏やかな日々……しかしその平穏は、ある日突然終焉を迎える事になったっす。
 いつものように、森へ遊びに行った帰り、集落に近づくにつれ激しい血臭が漂ってきたのだったっす。不安に駆られた樹里……いや、樹は、我知らず走り出していたっす。
 集落に到着した樹を迎えたのは正この世の地獄絵図……仲間たちの阿鼻叫喚がその場を埋め尽くしていたっす。
 集落の中心部では弟である篤郎が血を流して倒れており、傍らには自分たちの兄が立っていたっす。
 冷たく弟を見下ろし、自らの刃から血を滴らせる樹の兄……彼は、今回の騒動の犯人が自分であることを樹に告げ、次はお前だとその刃を向けてきたっす。
 やむを得ず刃を構える樹……しかし、そんな彼女の心の中で沸き起こるのは仲間を殺された怒りや悲しみ、血の繋がった兄と刃を交える事への恐怖ではなく……歓喜。心の中で何度も否定するものの、その内にあったのは、能力(ちから)を振るう事への紛れもない歓喜だったのだったっす。
 その後、兄と妹は刃を交え共倒れになったところで、いつも夢は終わるっす。


 こんな夢を子供の頃から見続けていた樹里は、何時しかそれが本来の自分の姿であることを悟り始めたっす。
 しかし、幼い樹里には耐えがたいその真実……人ではなく妖魔の姿……そして何よりも、戦う事への歓喜と切望を内に秘めているその姿が本当の自分であることが彼女を悩まし続けることになったっす。
 悩んだ末にたどり着いた先が、以前自分の両親の依頼を受け、妖魔退治に訪れたこの俺、堤下栄だったって訳っす。
 そう、俺は以前、樹里の両親に会ったことがあったそうっす。その時は、俺は樹里とは顔を会わせてはいなかったっすが、樹里の方は隠れて俺を見ていたそうで、両親の死をきっかけに、街をさ迷い俺を探し続けていた……って訳っす。心の奥では悟りつつも、なかなか受け入れられないこの事実……自分が妖魔の子であるのかどうかを確かめるために……。
 そして……この夢の中に出てくる樹の姿が……

「……鎌鼬……」






 そう呟いたところで、樹里は助けを求めるような……縋るような視線を俺に向けて来たのだったっす。

 なるほどっす……これで、あの鎌鼬と相対した時の樹里の様子に得心がいったっす。あれは、探していた自分を思いがけず見つけてしまったが為の茫然自失だったって訳っすね。

 ……相変わらず俺に注がれる救済を求める視線。でも……

「金城さん……彼女が鎌鼬だって事、ホントあり得ますか?俺には妖気の欠片も感じないっすが……。むしろ『前世が鎌鼬』って言った方が得心がいくと思うんすが……。」

 俺は、樹里の視線から逃れる様に顔を背けると、金城さんにそう質問をしたのだったっす。

 俺が顔を背けた瞬間に垣間見えた彼女の心の奥の絶望が、風の精霊を通じて俺の心に突き刺さってくるのだったっす……。




 俺と樹里の様子に、金城さんは何か言いたげな表情をしていたっすが、結局は何も言わずに俺の問いに答え始めたっす。

「うんにゃ。間違いなく鎌鼬だわ。但し、彼女の存在自体は人間よ。」

「……?どういうことっすか?」

「転生の秘術を使ったのよ。」

「美依さん……それじゃ記憶が中途半端なのはおかしいんじゃない?」

「裕太が思い描いてるのは、魔王達が使う転生術でしょ?うちらみたいな普通の妖魔が使う転生術じゃ、前世の全てを残したまま、人として転生するなんて事、出来ゃしないのよ。彼女の場合は、恐らく、鎌鼬の隠れ里に伝わる『魂の転生』ってやつね。これだと、人としての器に自らの魂を流し移すだけだから、前世の記憶はいくらか残るわ。まぁ、それはあくまで借り物の記憶って事になるわけど。人間の中でも時たまいるでしょ?前世の記憶が何となく残ってる奴。」

「それじゃあ樹里は、前世である鎌鼬の記憶が残ってるってだけで、普通の人間と変わりはないって事っすか?」

「そうじゃないわ。そこが『鎌鼬の隠れ里に伝わる』って部分ね。上手くいけば、人として存在しつつも、鎌鼬の能力(ちから)を使える一風変わった能力者として生まれ変わる事が出来るってわけよ。上手く行けば、だけどね。」

「……それに何か意味があるの?人の姿になりたければ、人化の術を使えばいいだけじゃん。鎌鼬としての能力を保ちつつ、人間になることに何の意味もないような気がするけど……。」

「それはあんた達人間側の考えだわ。妖魔はね……心のどこかに、人間への憧れがあるのよ。」

「何故?」

「それは……教えなぁ~い。……多分理解できないわ……。」

「そんなもんでしょうかね?」

「……特にあんたにゃ理解出来ないでしょうよ……。」

「……なにやら含みのある言い方であらせられますなぁ、姫君……」

「ふっふっふっ……それは穿ちすぎという物ですわよ?」

 またコントじみた会話を始めた二人からは視線を外し、俺は再び樹里の方へと頭を巡らせたっす。

 樹里は、何やら思い詰めたように一点を見つめていたかと思うと、はっと気付いたかのように面を上げ、突然ガバッと立ち上がったっす。

「……あ、あの……ありがとう……御座いました……おかげですっきり……しました……これ以上はご迷惑かけられませんので……これで失礼します……。」

 そう言って、勢いよく頭を下げると、小走りに出口へと向かっていったっす。

 ……部屋から出る時、俺と樹里は一瞬視線が絡み合ったっすが、樹里は泣きそうになるのをこらえながら視線を引き剥がして出ていったっす。

「……」

「い~けないんだ♪いけないんだ♪泣ぁかした♪泣ぁかした♪え~いちゃんが泣ぁかした♪」

「まぁまぁ、美依さん。」

「……」

「小さい女の子には過酷な事実よね~。栄たんは助けてあげなくていいのかなぁ?」

「その辺にしときなって美依さん……美依さんだって堤下の考え、理解してるんでしょ?」

「さぁてねぇ~♪妖魔のあたしにゃ分からんにゃん♪……………ま、基ちゃんや薫ちゃんじゃ思い浮かばん発想だわなぁ。」

「……あの二人は、なんだかんだ言って強いっすからね……自分達が同じ境遇に立たされても、きっと自分達でなんとか解決してしまうっす。だから分かんないんっすよ……心の弱い人間に拠り所を作ったら、それ以降自分じゃ何も出来なくなってしまうなんて事……」

 だから今は突き放すっす。樹里が、きちんと自分の足で立って歩ける事を願って……。