レムウェルの隠れてない隠れ家

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web小説 月下の白刃⑩

 風陀羅の大鎌が風を薙いで樹里に襲い掛かる。

 樹里はその刃の悉くを避けてはいるものの、決して余裕をもって…というわけではない。むしろ、避けることに成功してしるのは、風陀羅が手加減しているからであろう。

「……どうした、樹……よもや能力(ちから)の使い方を忘れたわけではあるまいな……。」

「……」

 風陀羅の挑発に、沈黙をもって応える樹里。

 樹里は能力(ちから)を使えない訳ではない。恐らく能力(ちから)を振るうことに躊躇(ためら)いが有るのであろう。

 過去の自分と今の自分……その狭間で樹里の幼い心は激しく揺らいでるに違いない。

「未だ"こちら"側に来ることに躊躇(ためら)いが有るのか?不憫な奴だ。」

 そう言いながら放つ風陀羅の攻撃は、どんどん鋭さを増していき、樹里の身体のあちこちに、浅い裂傷を作り出していく。

「何故"そちら"側に止(とど)まろうとする?我々の本質が何処にあるのかは、前の戦いで明らかになったではないか。」

「……だまれ……」

「所詮、我々は"業"を背負い続けなければ存在する意味すらないのだよ。」

「……だまれ。」

「我々は……化け物なのだから。」

―ヒュン―

 風陀羅から決定的な一撃が、樹里の元へと放たれる。

「だまれぇぇぇぇぇ!」

―ガキン―

「……」

「それでいい……俺とお前はこうなる運命なのだ。」

 樹里の目の前には、細身の2つの大鎌の刃を十字に組み合わせたかのような奇妙な形の刃が、樹里を守るように作り出され、風陀羅の一撃を見事に防いで見せていた。

 その様子に、狂気をはらんだ笑みを浮かべて、風陀羅は新たな刃をその身から生み出して、そう言い放つ。

「違う……」

「何が違うというのだ?我々は、この刃を背負う限り、戦い続ける運命に……」

「違う!」

「……何故そう拒む。一度はお前も理解したではないか。」

「違う!そうじゃない!これは……これは運命なんかじゃない!これは……あたしの意志!人として転生したのも!能力(ちから)を使う事も!兄さんと戦うと決めた事も!この場に立っている事も!……全ては…全てはあたしの意志よ!!」

 樹里はそう叫ぶと、目の前の刃を掴んで風陀羅に向かって投げ放つ。

 刃はガガガと地面を削りながら、風陀羅に向かって一直線に突き進む。

「どちらでも構わん。戦うことが我が本望。」

 風陀羅はそう言い放つと、飛び上がってその刃を避ける。

―ガガッ―

「っ!!チッ…」

―カキン―

 追いすがって飛び上がってきた刃を、風陀羅は自らの刃で弾いて防ぐ。

 すると、樹里の刃は自分の意志を持っているかのように樹里の元へと戻り、その隣の地面に突き刺さって動きを止めた。

「里の生き残りとして……里の総てを背負うものとして、汝が真意をここに問う!何故(なにゆえ)家族を裏切り…一族を裏切り…里を裏切り…何故(なにゆえ)狂気に走ったか!!何故(なにゆえ)……何故(なぜ)あたしを裏切ったの!?兄さん!!」

 決意に満ちた声と表情が次第に涙で崩れ始め、最後は絶叫となってその場に落ちる。

「我が真意は以前あの場で語った通り。それ以上の事をこの場で語るつもりはない。」

「何故よ……何故なのよぉぉぉぉぉ!!」

 樹里は再び刃を投げ放つ。

「ふん!」

―ガキィィィン―

 風陀羅は、今度は避けずに何又にも分かれた尾の刃でそれを受け止めた。

 しかし、樹里の放った刃は動きを止めずに、依然ガガガと回転を続けながら風陀羅を斬りつけようともがいている。

「胡蝶乱舞……」

 樹里の言葉に、彼女の周囲の空気が蠢き出し、その場に小型の刃が無数に生み出される。

「行け!」

 その刃を、大鎌に晒されて身動きの取れない風陀羅に向かって放つ樹里。

―キィィィン―

 四方八方から襲いかかる樹里の刃……しかし、風陀羅は焦ることなく風を生み出してその全てを弾き飛ばす。

「覚悟ぉぉぉぉぉ!」

 吹き付ける風に、体のあちこちを切り裂かれながらも、樹里は死角を突きながら風陀羅へ襲いかかる。

「遅い。」

 しかし、その決死の一撃は紙一重で躱され、決定的な隙を風陀羅に晒してしまう。

「さらばだ…我が妹よ……」

 風陀羅の刃が振り降ろされようとしたその瞬間、樹里のその瞳に一つの決意を見て取って………………………………………今回の語り辺であるこの俺《堤下栄》は、樹里のやろうとしている全てを理解したのだったっす。

―カキィィィン―

「そこまでっす。」

 そして俺は、二人の間に割って入り、風陀羅の刃を受け止めたのだったっす。


 俺の突然の登場に、驚きの表情を浮かべる樹里と風陀羅。

 みんなも驚いたっすかね?俺も頑張ればあんな風に語れるんすよ?

 ただ……何度となく舌噛みそうになったっすけどね。

 それはともかく、風陀羅の一撃を、手持ちの大振りのナイフで受け止めると、俺はすかさず風陀羅に向かって蹴りを放ったっす。

「ぐはっ……」

 風を纏わせて放った俺のその蹴りは、虚を突かれた風陀羅の腹部に突き刺さり、そのままこいつを遙か後方へ吹き飛ばしたっす。

 しかし風陀羅は空中で体勢を整えると、ズザァァァッと地面を滑りながらも見事に着地して、地面に叩きつけられることは防いでいるっす。

「……樹里……よく耐えたっすね。自分と向き合って、それを受け入れるって事はなかなか出来る事じゃないっすよ?……でも、最後の攻防は頂けないっすね。自分の命を犠牲にしてあいつを倒しても、誰も救われないっすよ?」

 俺の言葉に、泣きそうに顔を歪めながら、下を向く樹里。

 そう、さっきの風陀羅との攻防の最後に樹里が取ろうとした策は、自分の命と引き換えに風陀羅に止めの一撃を繰り出すという物だったっす。

 それが分かったので、俺は敢えて二人の間に飛び込んだのだったっす。

「……あたしが……止めなきゃ……でも……でも…今のあたしじゃ……」

 ポタポタと地面に涙の滴を落とし始めた樹里の頭を、軽くポンポンと叩くと、俺は一歩前に足を進めたっす。

「ここから先は俺の出番っす。樹里はそこで見てるっすよ。」

 俺はそう言って、更に足を進めようとしたっすが、それを樹里が上着の裾を掴んで止めたっす。

 振り向いた俺の視界には、泣きながら激しく首を振っている樹里の姿が飛び込んできたっす。

「これは……あたしの役目……一族の生き残りである……このあたしの……」

 苦しそうではあったっすが、毅然とそう言い切る樹里の頭を再びポンッと叩くと、俺はそんな樹里にゆっくりと言い聞かせたっす。

「樹里は、過去の自分を受け入れ、今を受け入れ、更にはあれだけの"覚悟"をこの場で示したっす。もう十分役目を果たしたっすよ。確かに樹里は鎌鼬の生き残りかもしれないっすけど、今は人間に生まれ変わった『折原樹里』なはずっす。過去を受け入れたからといって、過去に全てを囚われていて良いはずがないっすよ。これから先は、只の殺し合いと同じっす。樹里にはこの辺で引いて欲しいっす。」

「でも……でも!」

「残念ながら、今の樹里ではアイツには叶わないっすよ。さっき、命を捨てて戦いに望んでしまった以上、厳しい言い方をすれば、これから先の戦闘に加わる資格は樹里にはもうないんすよ。」

「……」

「それに、俺は樹里の手を肉親の血で染めてしまいたくはないっす……。」

「っ!!」

 俺の言葉に、ハッと顔を上げる樹里。

 俺は……俺は樹里に『自分と同じ道』を歩んで欲しくはないのだったっす……俺みたいに……自分の双子の弟をこの手にかけた俺みたいに……。

 俺の言葉と乾いた笑みに何かを感じ取ったのか、樹里は再び両目に涙を溜めると、俺の右手を握って首を横に振り、その手を自分の胸にギュッと抱きしめたっす。

「……だから樹里にはこの辺で俺に全てを任せて欲しいっす。なに……自分じゃ叶わない相手を他の仲間に任せるって事は、決して恥ずかしい事じゃないっすよ?むしろ、任せられる仲間がいるんすから誇るべきっす。」

 俺は、さっきの言葉を誤魔化すように冗談めかしてそう言うと、樹里の帽子を取って髪の毛をくしゃくしゃとかき回したっす。

 慌てたように俺の手から帽子を取り返し、それを被り直す樹里。……深めに被った帽子の鍔の影からは、薄紅色に染まった頬が覗いていたっす。

 そんな樹里の様子に俺は笑みを浮かべると、キッと前を向いてこう口を開いたっす。

「後は、この『精霊使い・堤下栄』に任せて欲しいっす。」