レムウェルの隠れてない隠れ家

Web小説更新記録やゲーム日誌

web小説 月下の白刃⑥

 俺は風を纏って人の目を欺きながら、妖気を辿って夜道を走ったっす。

 風で気配を乱して人の目を眩ます術なんすけど、今回は襲撃者に備えての用心っす。

 妖気の元にに近づくにつれ、血臭が強くなっていくっす。少なくとも10人以上の犠牲者が既に出てると見るべきっすね。

「……っ!」

 後一歩で現場に辿り着けるってとこで、突然奇妙な感覚に襲われ、俺は立ち止まったっす。

 例えるなら、走りながら薄い空気の膜を突っ切った時の様な僅かな抵抗をこの身で感じたのだったっす。

 ……これは……結界?……しかも、物理的な結界じゃなくって、精神結界っすね……。

 物理的に空間を遮断するんじゃなくて、心理的に「これ以上は進みたくない」と思わせることで人の行き来を遮断する術で、妖魔がよく好んで使うっす。

 俺は気を引き締め、辺りに気を配りながらじりじりと歩を進めたっす。

「……っ!!」

 角を曲がったところで目に入ってきた光景に、俺は言葉を失ったっす。

 目の前に広がる見るも無惨な惨劇の跡……道路の至る所が血で染まり、四肢を切断された人の死骸が辺り一面に散りばめられていたっす。

 俺は、吐き気をもよおしながらもその一つに手を伸ばし、遺体の状態を確認したっす。

 ……切断面が異様なほどに綺麗っす……。まるで空間ごと切り裂かれてしまったかのような切り口……でも筋組織の潰れ具合から、何かの術で切断されたものではなく、刃物で切断されているって事は確認できるっす。

 でも……

「綺麗すぎるっすね……」

 思わず口に出して確認する俺……。これほどまでに綺麗な切り口を、俺は今まで見たことないっす。

 それに……

「まだ温かいっす……。」

 俺は怒りと一抹の不安を抱えながら、そっとその遺体を地面に置くと、自分の感覚と風の精霊の能力(ちから)を最大限にまで研ぎ澄まし、敵の襲撃に備えたっす。

「………………っ!!」

 背後に空気の揺らぎを感じ、俺は反射的に風壁を流し込んだっす!

(ま、まずいっす!)

 "それ"はいとも簡単に風壁を切り裂くと、俺の懐へと入り込んできたのだったっす!

「くっ!」

―バホッ―

「っ!!」

 俺は咄嗟に、敵と自分の間の空気を弾けさせ、自分を吹き飛ばすことで難を逃れたっす!

 襲撃を仕掛けてきた相手も、俺の行動には意表を突かれたらしく、それ以上深追いはしてこなかったっす。

 俺は地面を転がりながら体勢を整えると、その相手の隙を突こうと、動きを止めることはせずに退きながら風の刃を放ったっす!

「風刃!」

―ビュン―

「温い……」

―ピキン―

 しかし俺の放った風の刃は、相手の振るった何かに遮られ弾かれてしまったっす!

(……こ、こいつは!)

 俺は、その相手を確認すると、絶句して動きを止めてしまったっす。

 月夜の闇に紛れて現れたのは、巨大な鎌を尾に持つ体長1mほどのイタチに似た生物……所謂、鎌イタチって奴だったのだったっす!

 鎌イタチっつったら妖魔の中でも比較的大人しい存在なのに……。

 俺のそんな驚きを気に留める様子もなく、鎌イタチは動きの止まった俺に向け、再びその巨大な鎌を振るってきたっす!

 俺はその一撃を間一髪避ける事に成功すると、負けじと術を組み立てていったっす!

「風の精霊よ…流れ乱れて……」

 しかし、鎌イタチは俺のそんな様子には構わず、無造作に突っ込んできたっす!

(早いっす!)

 半瞬後には、俺の脇を素早く通り過ぎて行く鎌イタチ……そして、奴の鎌が俺の脇腹を薙いでいったのだったっす……。



 俺の脇を走り抜けていく鎌鼬……その瞬間、俺の脇腹をこいつの大鎌が薙いでいったっす……が……

「……我を妨げし者共を切り裂け!乱風迅!」

俺は構わず呪文の詠唱を続けて術を放ったっす!

「っ!!」

 僅かに動揺した気配を放つ鎌鼬

 しかし鎌鼬は瞬時に動揺を掻き消すと、俺の乱風迅を自らが纏った風と大鎌で吹き飛ばしたっす。

 鎌鼬はこちらの様子を伺うように低い体勢でじっと動きを止めているっす。

 鎌鼬は風妖の一種っす。風を身に纏い、風そのものと化して素早い移動をする事が出来るっす。普通ならば人に捉えきれるスピードじゃないっすが……

「俺には通用しないっすよ!」

「……なる程……風使いか……」

 舌打ちをしながらそう呟く鎌鼬。正確には風だけ使える訳じゃないっすけどね。

 俺は風を"読める"っす。風がどう動いていつ向かってくるのかを読むなんて事は朝飯前っす。奴が風となって向かってくる限り、事前に動きを察知出来るっすから避けるのもそう難しい事じゃないのだったっす。

 今の一撃にしても、奴の大鎌は脇腹の薄皮一枚を薙いだけで、俺は大したダメージを受けてはいないのだったっすよ。

「……ならば戦い方を変えるまで。」

 そう言って四肢に妖気を漲らせた鎌鼬だったっすが、その時既に、奴は俺の術中にハマっていたのだったっす。

「っ?!…くっ……」

 焦りの混じった呻き声を上げる鎌鼬

 自分を取り巻く空気の層が、いつの間にか別の物に成り代わっていたことに、ようやく気付いたみたいっすね。

「俺は風使いじゃなくて五精使いっす。あんたの周りには俺が喚んだ水の精霊が集まっているっすよ。」

「いつの間に……」

 そう呻く鎌鼬

 俺は乱風迅の呪文の詠唱を始めると同時に、多重詠唱法と呼ばれる特殊な呪文詠唱を行っていたのだったっす。

 これは、最近身に付けた新しい能力の一つで、精霊魔法の呪文を唱える中で別な呪文の念を組み込み、複数の精霊魔法を同時に放つ高等呪文詠唱法っす。

 精霊魔法の呪文って言うのは、言葉その物に意味があるわけではなく、言葉を依り代に念を精霊に伝えることで術が発動するっす。

 だから意識を分割して二つの念を送り込むことで、二つの術を……理論的には幾つも念を込めることが出来るなら、何個でも魔法を同時に発動する事が出来るっすよ。

 俺の場合は、二つの魔法が精一杯なんすけど、それでも実は精霊使いでこれに成功した人物ってのは、数えるほどしかいないっす……兄貴は一枚の符で五つの魔法を同時に使えるようになったっすけどね……自信無くすっす……。

 ともかく俺の放った精霊魔法で、奴は鎌鼬としての生命線であるスピードを抑え込まれてしまったのだったっす。奴の動揺はその辺りから来るもんっす。

「くっ……」

 鎌鼬は飛び上がって、水の精霊の檻から逃れようとするっすが、その身体には幾つもの半透明の"手"が絡み付いて奴の動きを阻害しているっす。

 でも、さすがは鎌鼬っすね……水の精霊に纏わり付かれていても、その動きは並の妖魔を遙かに凌いでいるっす。

 これは油断は出来ないっす!

「水の精霊よ…滴と滴を……」

「っ!させるか!」

 俺の呪文の詠唱に気付いた鎌鼬が、俺に向かって突進して来たっす!

 でもそれはかえって好つご……っ!

 そこで一つの影が目の端に映ったっす!

「ダメっす樹里!こっちに来ちゃ!」

 呪文を練り上げようとしたところで、フラフラとこちらに近づいてくる樹里に気付いたっす!

 樹里は俺の警告に気付いた様子もなく、鎌鼬を見つめてぶつぶつと何かを呟きながらフラフラ近寄ってきてるっす!

「……に……ん…?…あ……は……き……」

「樹里!くっ……」

 俺は咄嗟に呪文の詠唱を放棄して、樹里を抱きかかえて地面に転がったっす!

「うっ!!」

 鎌鼬の大鎌が俺の背中を切り裂き、焼き付けるような痛みで思わず口から呻き声が吐いて出て来たっす。

 傷は……浅くはないけど致命傷ではないっす!反撃しなきゃやられるっす!

 俺は地面を転がりながら態勢を立て直し、鎌鼬の気配を探ったっす。

「風の精霊よ……」

 俺は鎌鼬の追撃に備えて神経を研ぎ澄まし、いつ奴が来ても良いように風の精霊を喚び集めたっす。

「……」

 しかし一向にやって来ない鎌鼬の追撃。

 俺は訝しく思って、気配を辿って頭を巡らし、奴の姿を確認したっす。

「……?」

 鎌鼬は目を見開き、人の顔ではないので分かりにくいっすがおそらく、驚愕の表情を浮かべてこちらを……いや樹里を見つめていたっす。

 なんかよく分かんないっすが、これはチャンスっす!

「水の精霊よ!滴と滴を銀の糸で紡ぎ、乱れ散れ!乱華銀雨(らんかぎんう)!!」

 俺は、集めた風の精霊ではなく、奴の周りを未だ漂ってる水の精霊に呼びかけて術を組み上げ解き放ったっす!

 水の精霊は小さな飛礫となって鎌鼬の周囲を取り囲み、お互いを銀色の糸で紡ぎ合うように乱れ飛んだっす!

「チッ……くっ……」

 鎌鼬は舌打ちを入れると、風と大鎌で俺の攻撃を防ぎながら飛び退いたっす!でも、全方位からの水の飛礫はさすがに完全には防ぎきれなかったみたいで、銀雨の何本かが奴の身体を貫いたのだったっす!

「止めっ……おっとっす!」

 止めの一撃を放とうとした途端、鎌鼬の四肢の指から伸びる細身の刃が、地面を突き破って飛び出してきたので、俺は樹里を抱えて慌てて飛び退いたっす!

「不覚……ここは一旦、退かせてもらう。……一応、名を聞かせてもらおうか。」

「……堤下栄っす。」

「……手下A?……誰の手下なのだ?」

「手下Aじゃなくて!て・い・し・た・え・い!っすぅぅぅぅぅ!!」

「……」

 なんすか?!その人を哀れむような視線はぁぁぁぁぁ!!

「私の名は風陀羅(かだら)……風斬りの風陀羅。手下Aとやら……次は殺す。」

 そう言うと、鎌鼬は風を纏って姿を消したのだったっす。

「だから俺の名前は堤下栄っすぅぅぅぅぅ!!」

 俺の絶叫が、虚しく闇に響きわたったのだったっす……ん?

「な、なんだこの血臭は!?」

 あ!こ、この声は!!

「あ!貴様は幼女連続誘拐犯!」

「ちがぁぁぁぁぁぁうっすぅぅぅぅぅ!!」

「何が違うものか!気を失ったいたいけな少女を抱きかかえておきながら!しかもこの惨殺死体遺棄現場……署で話を聞かせてもらおうか!!」

 目の前の刑事の言う通り、樹里はいつの間にやら気を失って、俺の腕の中でぐったりしているっす。それにこの死体の山……言い逃れは出来そうにないっす!!

「……取りあえずは……脱出っすぅぅぅぅぅ!!」

「あ!待てこら……」

「待てと言われて待つ馬鹿はいないっすよぉぉぉぉぉ!!」

 刑事の台詞を遮りながら、何事か寝言を呟いている樹里を抱きかかえ、俺は闇に紛れて逃走したっす!

 ……その時ふと耳に入る樹里の呟き……。

「……あ…たしは……い…つき……」

 ……いつき?

 浮かび上がる疑問符を心の中で抱えながら、俺は家路を急いだのだったっす……。











 その後、部屋に辿り着いたは良かったっすが、何故か俺の部屋で喘ぎ声を上げてるバカップルのせいで、会社への宿泊を余儀なくされた俺と樹里なのであった……。