レムウェルの隠れてない隠れ家

Web小説更新記録やゲーム日誌

web小説 月下の白刃⑩

 風陀羅の大鎌が風を薙いで樹里に襲い掛かる。

 樹里はその刃の悉くを避けてはいるものの、決して余裕をもって…というわけではない。むしろ、避けることに成功してしるのは、風陀羅が手加減しているからであろう。

「……どうした、樹……よもや能力(ちから)の使い方を忘れたわけではあるまいな……。」

「……」

 風陀羅の挑発に、沈黙をもって応える樹里。

 樹里は能力(ちから)を使えない訳ではない。恐らく能力(ちから)を振るうことに躊躇(ためら)いが有るのであろう。

 過去の自分と今の自分……その狭間で樹里の幼い心は激しく揺らいでるに違いない。

「未だ"こちら"側に来ることに躊躇(ためら)いが有るのか?不憫な奴だ。」

 そう言いながら放つ風陀羅の攻撃は、どんどん鋭さを増していき、樹里の身体のあちこちに、浅い裂傷を作り出していく。

「何故"そちら"側に止(とど)まろうとする?我々の本質が何処にあるのかは、前の戦いで明らかになったではないか。」

「……だまれ……」

「所詮、我々は"業"を背負い続けなければ存在する意味すらないのだよ。」

「……だまれ。」

「我々は……化け物なのだから。」

―ヒュン―

 風陀羅から決定的な一撃が、樹里の元へと放たれる。

「だまれぇぇぇぇぇ!」

―ガキン―

「……」

「それでいい……俺とお前はこうなる運命なのだ。」

 樹里の目の前には、細身の2つの大鎌の刃を十字に組み合わせたかのような奇妙な形の刃が、樹里を守るように作り出され、風陀羅の一撃を見事に防いで見せていた。

 その様子に、狂気をはらんだ笑みを浮かべて、風陀羅は新たな刃をその身から生み出して、そう言い放つ。

「違う……」

「何が違うというのだ?我々は、この刃を背負う限り、戦い続ける運命に……」

「違う!」

「……何故そう拒む。一度はお前も理解したではないか。」

「違う!そうじゃない!これは……これは運命なんかじゃない!これは……あたしの意志!人として転生したのも!能力(ちから)を使う事も!兄さんと戦うと決めた事も!この場に立っている事も!……全ては…全てはあたしの意志よ!!」

 樹里はそう叫ぶと、目の前の刃を掴んで風陀羅に向かって投げ放つ。

 刃はガガガと地面を削りながら、風陀羅に向かって一直線に突き進む。

「どちらでも構わん。戦うことが我が本望。」

 風陀羅はそう言い放つと、飛び上がってその刃を避ける。

―ガガッ―

「っ!!チッ…」

―カキン―

 追いすがって飛び上がってきた刃を、風陀羅は自らの刃で弾いて防ぐ。

 すると、樹里の刃は自分の意志を持っているかのように樹里の元へと戻り、その隣の地面に突き刺さって動きを止めた。

「里の生き残りとして……里の総てを背負うものとして、汝が真意をここに問う!何故(なにゆえ)家族を裏切り…一族を裏切り…里を裏切り…何故(なにゆえ)狂気に走ったか!!何故(なにゆえ)……何故(なぜ)あたしを裏切ったの!?兄さん!!」

 決意に満ちた声と表情が次第に涙で崩れ始め、最後は絶叫となってその場に落ちる。

「我が真意は以前あの場で語った通り。それ以上の事をこの場で語るつもりはない。」

「何故よ……何故なのよぉぉぉぉぉ!!」

 樹里は再び刃を投げ放つ。

「ふん!」

―ガキィィィン―

 風陀羅は、今度は避けずに何又にも分かれた尾の刃でそれを受け止めた。

 しかし、樹里の放った刃は動きを止めずに、依然ガガガと回転を続けながら風陀羅を斬りつけようともがいている。

「胡蝶乱舞……」

 樹里の言葉に、彼女の周囲の空気が蠢き出し、その場に小型の刃が無数に生み出される。

「行け!」

 その刃を、大鎌に晒されて身動きの取れない風陀羅に向かって放つ樹里。

―キィィィン―

 四方八方から襲いかかる樹里の刃……しかし、風陀羅は焦ることなく風を生み出してその全てを弾き飛ばす。

「覚悟ぉぉぉぉぉ!」

 吹き付ける風に、体のあちこちを切り裂かれながらも、樹里は死角を突きながら風陀羅へ襲いかかる。

「遅い。」

 しかし、その決死の一撃は紙一重で躱され、決定的な隙を風陀羅に晒してしまう。

「さらばだ…我が妹よ……」

 風陀羅の刃が振り降ろされようとしたその瞬間、樹里のその瞳に一つの決意を見て取って………………………………………今回の語り辺であるこの俺《堤下栄》は、樹里のやろうとしている全てを理解したのだったっす。

―カキィィィン―

「そこまでっす。」

 そして俺は、二人の間に割って入り、風陀羅の刃を受け止めたのだったっす。


 俺の突然の登場に、驚きの表情を浮かべる樹里と風陀羅。

 みんなも驚いたっすかね?俺も頑張ればあんな風に語れるんすよ?

 ただ……何度となく舌噛みそうになったっすけどね。

 それはともかく、風陀羅の一撃を、手持ちの大振りのナイフで受け止めると、俺はすかさず風陀羅に向かって蹴りを放ったっす。

「ぐはっ……」

 風を纏わせて放った俺のその蹴りは、虚を突かれた風陀羅の腹部に突き刺さり、そのままこいつを遙か後方へ吹き飛ばしたっす。

 しかし風陀羅は空中で体勢を整えると、ズザァァァッと地面を滑りながらも見事に着地して、地面に叩きつけられることは防いでいるっす。

「……樹里……よく耐えたっすね。自分と向き合って、それを受け入れるって事はなかなか出来る事じゃないっすよ?……でも、最後の攻防は頂けないっすね。自分の命を犠牲にしてあいつを倒しても、誰も救われないっすよ?」

 俺の言葉に、泣きそうに顔を歪めながら、下を向く樹里。

 そう、さっきの風陀羅との攻防の最後に樹里が取ろうとした策は、自分の命と引き換えに風陀羅に止めの一撃を繰り出すという物だったっす。

 それが分かったので、俺は敢えて二人の間に飛び込んだのだったっす。

「……あたしが……止めなきゃ……でも……でも…今のあたしじゃ……」

 ポタポタと地面に涙の滴を落とし始めた樹里の頭を、軽くポンポンと叩くと、俺は一歩前に足を進めたっす。

「ここから先は俺の出番っす。樹里はそこで見てるっすよ。」

 俺はそう言って、更に足を進めようとしたっすが、それを樹里が上着の裾を掴んで止めたっす。

 振り向いた俺の視界には、泣きながら激しく首を振っている樹里の姿が飛び込んできたっす。

「これは……あたしの役目……一族の生き残りである……このあたしの……」

 苦しそうではあったっすが、毅然とそう言い切る樹里の頭を再びポンッと叩くと、俺はそんな樹里にゆっくりと言い聞かせたっす。

「樹里は、過去の自分を受け入れ、今を受け入れ、更にはあれだけの"覚悟"をこの場で示したっす。もう十分役目を果たしたっすよ。確かに樹里は鎌鼬の生き残りかもしれないっすけど、今は人間に生まれ変わった『折原樹里』なはずっす。過去を受け入れたからといって、過去に全てを囚われていて良いはずがないっすよ。これから先は、只の殺し合いと同じっす。樹里にはこの辺で引いて欲しいっす。」

「でも……でも!」

「残念ながら、今の樹里ではアイツには叶わないっすよ。さっき、命を捨てて戦いに望んでしまった以上、厳しい言い方をすれば、これから先の戦闘に加わる資格は樹里にはもうないんすよ。」

「……」

「それに、俺は樹里の手を肉親の血で染めてしまいたくはないっす……。」

「っ!!」

 俺の言葉に、ハッと顔を上げる樹里。

 俺は……俺は樹里に『自分と同じ道』を歩んで欲しくはないのだったっす……俺みたいに……自分の双子の弟をこの手にかけた俺みたいに……。

 俺の言葉と乾いた笑みに何かを感じ取ったのか、樹里は再び両目に涙を溜めると、俺の右手を握って首を横に振り、その手を自分の胸にギュッと抱きしめたっす。

「……だから樹里にはこの辺で俺に全てを任せて欲しいっす。なに……自分じゃ叶わない相手を他の仲間に任せるって事は、決して恥ずかしい事じゃないっすよ?むしろ、任せられる仲間がいるんすから誇るべきっす。」

 俺は、さっきの言葉を誤魔化すように冗談めかしてそう言うと、樹里の帽子を取って髪の毛をくしゃくしゃとかき回したっす。

 慌てたように俺の手から帽子を取り返し、それを被り直す樹里。……深めに被った帽子の鍔の影からは、薄紅色に染まった頬が覗いていたっす。

 そんな樹里の様子に俺は笑みを浮かべると、キッと前を向いてこう口を開いたっす。

「後は、この『精霊使い・堤下栄』に任せて欲しいっす。」

web小説 月下の白刃⑨

 あたしは栄に甘えすぎていたんだ……。

 出会えたことがあまりにも嬉しくて、会った瞬間全てを栄に委ねちゃっていた……。

 夢の事……自分が化け物である事で悩んでいた日々の中での唯一の光明……。

 なんでこんなにも胸が疼くのかは分からない。

 でも、父さん達の化け物退治の依頼を受けてやって来た栄の姿を一目見てから……ううん……きっと、もっとずっと前からあたしは栄の事を知っていて、彼の事を想う度に胸の奥をざわざわと疼かせて来た……。

 だから……栄がどんな風に考えているかなんて考えもしかなった……。

 栄にとってはあたしなんて、只の足手まといでしかないのかな……。

 あたしは栄に嫌われたくない……これからは栄とずっと一緒に過ごしたい……栄……あなたと出会ってから、そんな想いがますます強くなってきているの……。

 栄があたしに何が言いたいのかは、正確には分からない。でも、今のままじゃダメだって事は分かるわ。

 だから今回の件は、あたし一人で乗り越えてみせる。

 ……正直言って怖い……足の震えが止まらない……。

 十中八九、あたしは化け物だ……人の皮を被った人ならざる物……。

 そう、あたしは自分が化け物であることを確かめるためにこうして街を徘徊しているの……。

 あたしには、どうすればいいかなんて分からなかったから、今ある答えの欠片を一つずつかき集めるしか方法はなかった……。

 だからあいつに会って話をするの。

 昨日、栄と戦っていた鼬の姿をしていた化け物……確か栄達はあの化け物を鎌鼬と言っていた。

 多分あれは、あたしの前世に深く関与するもの……あの夢の中に出てきた化け物の一人……あたしの命を奪った……鎌鼬であったあたしの命を奪った……あたしの兄……鎌鼬の風陀羅……。

web小説 月下の白刃⑧

(……樹……。)

 その名前は、鎌鼬に襲われた帰りに、意識を失った樹里がうなされたように口にした名前だったっす。

「それがあなたの名前?」

「……分かんない……。」

 そう言って再び俯く樹里だったっすが、少し落ち着いて来たのか、ポツリポツリと語り始め、一通り語り終えると、俺に縋るような視線を向けてきたのだったっす。

 樹里の話しは、樹里自身がもともと無口だったこともあり、途切れ途切れで要領を得なかったっすが、要約するとこんな感じの話だったっす。




 樹里は、生まれてこの方、同じような夢を見続けていたっす。
 それは、自分が人間ではなく妖魔の姿で過ごす夢だったっす。
 妖魔ではあるものの、生活そのものは穏やかなもので、毎日を森の中で静かに過ごし、気が向いた時に人間の住む街に下りて行き、他愛もない悪戯をしては森へ帰っていくといった生活を繰り返していたっす。
 永遠に続くかと思われた穏やかな日々……しかしその平穏は、ある日突然終焉を迎える事になったっす。
 いつものように、森へ遊びに行った帰り、集落に近づくにつれ激しい血臭が漂ってきたのだったっす。不安に駆られた樹里……いや、樹は、我知らず走り出していたっす。
 集落に到着した樹を迎えたのは正この世の地獄絵図……仲間たちの阿鼻叫喚がその場を埋め尽くしていたっす。
 集落の中心部では弟である篤郎が血を流して倒れており、傍らには自分たちの兄が立っていたっす。
 冷たく弟を見下ろし、自らの刃から血を滴らせる樹の兄……彼は、今回の騒動の犯人が自分であることを樹に告げ、次はお前だとその刃を向けてきたっす。
 やむを得ず刃を構える樹……しかし、そんな彼女の心の中で沸き起こるのは仲間を殺された怒りや悲しみ、血の繋がった兄と刃を交える事への恐怖ではなく……歓喜。心の中で何度も否定するものの、その内にあったのは、能力(ちから)を振るう事への紛れもない歓喜だったのだったっす。
 その後、兄と妹は刃を交え共倒れになったところで、いつも夢は終わるっす。


 こんな夢を子供の頃から見続けていた樹里は、何時しかそれが本来の自分の姿であることを悟り始めたっす。
 しかし、幼い樹里には耐えがたいその真実……人ではなく妖魔の姿……そして何よりも、戦う事への歓喜と切望を内に秘めているその姿が本当の自分であることが彼女を悩まし続けることになったっす。
 悩んだ末にたどり着いた先が、以前自分の両親の依頼を受け、妖魔退治に訪れたこの俺、堤下栄だったって訳っす。
 そう、俺は以前、樹里の両親に会ったことがあったそうっす。その時は、俺は樹里とは顔を会わせてはいなかったっすが、樹里の方は隠れて俺を見ていたそうで、両親の死をきっかけに、街をさ迷い俺を探し続けていた……って訳っす。心の奥では悟りつつも、なかなか受け入れられないこの事実……自分が妖魔の子であるのかどうかを確かめるために……。
 そして……この夢の中に出てくる樹の姿が……

「……鎌鼬……」






 そう呟いたところで、樹里は助けを求めるような……縋るような視線を俺に向けて来たのだったっす。

 なるほどっす……これで、あの鎌鼬と相対した時の樹里の様子に得心がいったっす。あれは、探していた自分を思いがけず見つけてしまったが為の茫然自失だったって訳っすね。

 ……相変わらず俺に注がれる救済を求める視線。でも……

「金城さん……彼女が鎌鼬だって事、ホントあり得ますか?俺には妖気の欠片も感じないっすが……。むしろ『前世が鎌鼬』って言った方が得心がいくと思うんすが……。」

 俺は、樹里の視線から逃れる様に顔を背けると、金城さんにそう質問をしたのだったっす。

 俺が顔を背けた瞬間に垣間見えた彼女の心の奥の絶望が、風の精霊を通じて俺の心に突き刺さってくるのだったっす……。




 俺と樹里の様子に、金城さんは何か言いたげな表情をしていたっすが、結局は何も言わずに俺の問いに答え始めたっす。

「うんにゃ。間違いなく鎌鼬だわ。但し、彼女の存在自体は人間よ。」

「……?どういうことっすか?」

「転生の秘術を使ったのよ。」

「美依さん……それじゃ記憶が中途半端なのはおかしいんじゃない?」

「裕太が思い描いてるのは、魔王達が使う転生術でしょ?うちらみたいな普通の妖魔が使う転生術じゃ、前世の全てを残したまま、人として転生するなんて事、出来ゃしないのよ。彼女の場合は、恐らく、鎌鼬の隠れ里に伝わる『魂の転生』ってやつね。これだと、人としての器に自らの魂を流し移すだけだから、前世の記憶はいくらか残るわ。まぁ、それはあくまで借り物の記憶って事になるわけど。人間の中でも時たまいるでしょ?前世の記憶が何となく残ってる奴。」

「それじゃあ樹里は、前世である鎌鼬の記憶が残ってるってだけで、普通の人間と変わりはないって事っすか?」

「そうじゃないわ。そこが『鎌鼬の隠れ里に伝わる』って部分ね。上手くいけば、人として存在しつつも、鎌鼬の能力(ちから)を使える一風変わった能力者として生まれ変わる事が出来るってわけよ。上手く行けば、だけどね。」

「……それに何か意味があるの?人の姿になりたければ、人化の術を使えばいいだけじゃん。鎌鼬としての能力を保ちつつ、人間になることに何の意味もないような気がするけど……。」

「それはあんた達人間側の考えだわ。妖魔はね……心のどこかに、人間への憧れがあるのよ。」

「何故?」

「それは……教えなぁ~い。……多分理解できないわ……。」

「そんなもんでしょうかね?」

「……特にあんたにゃ理解出来ないでしょうよ……。」

「……なにやら含みのある言い方であらせられますなぁ、姫君……」

「ふっふっふっ……それは穿ちすぎという物ですわよ?」

 またコントじみた会話を始めた二人からは視線を外し、俺は再び樹里の方へと頭を巡らせたっす。

 樹里は、何やら思い詰めたように一点を見つめていたかと思うと、はっと気付いたかのように面を上げ、突然ガバッと立ち上がったっす。

「……あ、あの……ありがとう……御座いました……おかげですっきり……しました……これ以上はご迷惑かけられませんので……これで失礼します……。」

 そう言って、勢いよく頭を下げると、小走りに出口へと向かっていったっす。

 ……部屋から出る時、俺と樹里は一瞬視線が絡み合ったっすが、樹里は泣きそうになるのをこらえながら視線を引き剥がして出ていったっす。

「……」

「い~けないんだ♪いけないんだ♪泣ぁかした♪泣ぁかした♪え~いちゃんが泣ぁかした♪」

「まぁまぁ、美依さん。」

「……」

「小さい女の子には過酷な事実よね~。栄たんは助けてあげなくていいのかなぁ?」

「その辺にしときなって美依さん……美依さんだって堤下の考え、理解してるんでしょ?」

「さぁてねぇ~♪妖魔のあたしにゃ分からんにゃん♪……………ま、基ちゃんや薫ちゃんじゃ思い浮かばん発想だわなぁ。」

「……あの二人は、なんだかんだ言って強いっすからね……自分達が同じ境遇に立たされても、きっと自分達でなんとか解決してしまうっす。だから分かんないんっすよ……心の弱い人間に拠り所を作ったら、それ以降自分じゃ何も出来なくなってしまうなんて事……」

 だから今は突き放すっす。樹里が、きちんと自分の足で立って歩ける事を願って……。

web小説 月下の白刃⑦

 ふわふわとして現実味の無いこの感覚……。

 今ならどこまででも行けそうなのに、何故か思うように身体を動かせないこのもどかしさ……。

 そうか……俺はまだ夢の中に居るっすね……。

 願わくば、このもどかしいほどの幸福感が、出来るだけ永く続いて欲しいっす……。

「はぁ……起きてびっくりだわ……」

「そりゃこっちの台詞。何で俺ら堤下の部屋にいたんだ?」

 俺の切なる願いも虚しく、そんな会話が俺の頭にぶち込まれてきたっす……無視しちゃおう。

「私ら二人で飲んでて……手下Aの事で盛り上がって……あんたが泣きながら手下Aの事を哀れんでたとこまでは覚えてるんだけど……」

「俺……泣いてたっけ?」

「あんた突然泣き上戸になるしね。それまでは至って普通だから、そん時の対応にいつも私は困るのよね。」

「そーゆー美依さんは、おっさん化を経てやたらとかわゆくなりますな。にゃんにゃんにゃんにゃんと、恥ずかしげもなくよくあれだけすりすりとすり寄って来れるよね。しかもややマゾヒスト。」

「あ、ああああれはぁぁぁぁぁ……わ、私は元が猫なんだからしょーがないじゃん!」

「言葉でいじられ、身体もいじられ、それでも泣きながら喜んで…うべひっ!」「人の話を聞けぇぇぇぇぇ!このサディストがぁぁぁぁぁ!!はぁはぁはぁ………………あれは、あんたと2人っきりの時だけよ……」

「……照れ隠しで右ストレートかますの止めてくれます?こっちの身が保たんがな……。」

「それは自業自得じゃ……あ!こんなところに居やがったわ手下A……。」

 ゲッ……。

「ホントだ……なんか眉間に皺が寄ってるけど?」

「手下Aのクセに私らより朝寝坊とはどういう了見かしら?手下Aなんだから、私らの目覚めに合わせて朝食ぐらい準備しとくべきじゃないかしら?」

「それを言うなら美依さん……たまには俺より早く起きて、朝飯作ってくれても罰は当たらんと思うけど?」

「こ、ここここの間作ったでしょぉぉぉぉぉ!!」

「コンビニで買ってきた弁当を器に移しただけじゃん。しかも、買ってきたのはこの俺だし。」

「文句があるなら食うな!!」

「へぇ、そんな事言う?俺と美依さんの食費、来月からきっちり分けて計算しようか?」

「そそそそそんなことよりこの場は手下Aよ!私達の空腹を満たす事も出来ない手下Aには正義の鉄槌をくれてやるのよ!」

 な、何故に……。

「……ま、いいけど。腹減ってんのは確かだし。」

 え?いいって何がすか?……ってこのパターンは……や、やばいっす!

 起きろっすよ俺!動くっすよ俺の身体!今すぐ目覚めるっすよ堤下栄ぃぃぃぃぃ!!

「起きろっすよ俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「きゃ!」「うわ!」

「はぁはぁはぁ……」

 ま、間に合ったっす……。

 何とか自力で起きることに成功した俺は、ゆっくり二人に視線を向けたっす。

「手下A!いきなりなに……」
「堤下…そんなに焦って……」

「……?」

 なんすかね?何かやたらと視線が冷たいような…………あ。

「手下A……いくら何でもそれはないんじゃない?」
「堤下……お前がそんな趣味だったなんてな……。」

「ち、ちちちち違うっすぅぅぅぅぅ!!」

 会社のソファーで寝ていた俺の横には、いつの間に潜り込んできたのか、向かいのソファーで寝ていたはずの樹里が気持ちよさげに眠っていたのだったっす!!

 ……しかも何故かほぼ裸。

 二人の冷たい視線を受けながら、この窮地をどう脱すればいいか、俺はぐるぐると思考を巡らせるっす!

 どうするっすか俺……どうするっすか俺ぇぇぇぇぇ!!

 慌てふためく俺の横で、樹里が寝ぼけ眼(まなこ)でむっくり起きあがったっす。

 樹里は眠たそうに目を擦って、んん~っと一つ伸びをすると、寒かったのだろう、ブルッと身体を震わせ、自分の元へと毛布をたぐり寄せて、座ったまままた目を瞑ったのだったっす。

「堤下……青少年保護法令ってしってるか?売春禁止法は?」
「これで手下Aも犯罪者の仲間入りか……」

 兄貴は無表情に、金城さんは本気で俺を哀れんでるような表情で、そんな台詞を口にしたっす!

「ご、ごごごご誤解っすぅぅぅぅぅ!!」

 俺は激しく首を振りながら声を大にしてその言葉を否定したっす!

―ガザ…―

 俺の絶叫で目が覚めてきたのか、樹里は欠伸を一つ入れた後、抗議の視線を俺に送ってきたっす………って、抗議したいのは俺の方っすよぉぉぉぉぉ!!

「樹里!何でこっちに入って来たっすか!しかもパンティ一枚で!!そっちのソファーで寝なさいって言ったはずっすよね!?」

 樹里は、俺の半泣きになりながらのこの台詞にキョロキョロと周囲に視線を巡らし、ようやく状況を把握したのか、小首を傾げ自分の身体をギュッと抱きしめながら《寒い》のジェスチャーを返してきたっす。

「寒かったら服を着ればいいっすよ!なんでわざわざ裸になるっすか!?」

「……」

 樹里が無言でさした指の先にあるのは、綺麗に折り畳まれた彼女の洋服だったっす。

「……皺が気になるっすか?なら早めに俺に言えばよかったんすよ……予備のジャージぐらいここに置いてるっす……。」

「……起こすの……悪いし……。」

 はにかんだ笑顔でそんな事を言ってくる樹里に、俺はすっかり毒気を抜かれてしまったっす。

「……はは……そんな事気にする必要ないんすよ?」

 俺は、苦笑しながら樹里の頭を撫でたのだぐばぁぁぁぁぁ!!

―ガシャァァァァァン―

「……さっさと事情をご説明して頂けませんかね?手下Aさん?」

 回し蹴りを喰らって吹き飛んだ俺に、金城さんは無表情にそう言葉を投げ掛けて来たのだったっす……この人を前にすれば、どんな女性もお淑やかに見えるっすね……へぶし!

「……悪かったわね……凶暴かつ乱暴で。」

 俺の後頭部を踏みつけ、冷たくそう口を開く金城さんに、俺は慌てて申し開きをしたっす。

「……お、俺はなんにも言ってないっす!」

 大体いつの間にここまで近寄ったんすか?

「だめだよ堤下……お前、気配に出すぎるんだって。」

『気配だけでそこまで分かるもんなんですか!?』

 思わずそう口からそんな言葉が出そうになったっすが、それはなんとか踏みとどまることが出来たっす。

 ……これ以上はマジメに命に関わるっす……。

「まぁ美依さん。堤下の話を聞こう。その娘も、ほら、脅えてるって。」

 その言葉に、金城さんは俺の頭から足をどけて、どさりとソファーに腰掛けたっす。

 俺が顔を上げると、樹里は兄貴の言った通り、引き吊った顔で、目尻に涙を浮かべて恐怖におののいていたのだったっす。



「……と言うわけっす。」

「ふ~ん……」

 俺の言葉に、兄貴はそう軽く頷いたっす。

 俺は今、樹里と出会ってからこの場に至るまでのあらましを、水無月の兄貴と金城さんに語っていたところっす。

 その間、金城さんは何故か口を噤んでじっと樹里を見つめているっす。樹里はそんな金城さんの視線が気になっているのか、もぞもぞキョロキョロと落ち着きがないっす。

「だから俺は!……この娘に手出しなんかしてないっすし……それどころかやましい事なんて何一つやってないっす!」

 俺は必死にそう訴えるっすが、聞いているのかいないのか、金城さんは眉一つ動かすこともなく、じっと樹里を見つめているのだったっす。

「……金城さん、聞いてるっすか?」

「……」

「金城さん?」

「……」

「……ペチャパぃぐがふ……」

 聞こえてるじゃないっすか……。

 俺は口に飛び込んできた湯呑みを、取り出しテーブルの上にコンッと置くと、助けを求めて兄貴に視線を送ったっす。

 しかし兄貴は、肩をすくめて『さぁ』とジェスチャーを返してくるっす。

「金城さぁん……」

「……」

 再び声を掛けたっすが、やはり沈黙をもってそれに応える金城さん。

「金城っ!……さん?」

 俺が、業を煮やして声を荒げたその瞬間、金城さんはこちらも見ずに片手を挙げてそれを制してきたっす。

「……?」

 思いの外、真剣なその様子に出かかっていた言葉を飲み込み、口を噤む俺。

 金城さんは、樹里の心を覗き込むかのように、じっと彼女の瞳の奥を見つめているっす。

 固唾を飲んでその様子を見ていると、金城さんの口がゆっくりと開いたっす。

「……あなた…名前は?」

「……折原……樹里……」

 金城さんの質問に、蛇に睨まれた蛙状態で身を強ばらせて応える樹里。

「……"そっち"じゃないわ。私が聞いているのはあなたの本当の名前。」

 金城さんの言葉にビクンと身体を震わせて、ゆっくりと横に首を振り始める樹里。

 ……"本当"の名前?

「あなたを悩ましている"その"名前……それがあなたの本当の名前……。」

「……あ……あたしは……樹里……折原…樹里……」

 しかし樹里は、金城さんさんの言葉を否定するかのように首を振り続け、自分が『折原樹里』だと訴えるっす。

 その顔には、少しずつ恐怖の色が帯始め、頭の動きが激しくなっていったっす。

「……それも確かにあなたの名前……でも私が聞きたいのはそれじゃないの……」

「あたしは!……………あたしは樹里……折原樹里……あたしは……あたしは……あた…しは……あたし……………ちが……う……ちがう……あたしは……ちがう……違う!」

 徐々に激しさを増す樹里の様子に、さすがの兄貴も心配そうに金城さんの肩を叩くが、それも無視して金城さんは樹里を見つめ続けているっす。

「かね……」

 俺が声を掛けようとすると、兄貴が目配せしてきてそれを止めるので、俺は再び口を噤んだっす。

「何が違うの?」

「……あたしは……違う……違うもん!あたしは…あたしは!……………………………………だもん……………………………………あたしは……あたしは人間だもん!化け物なんかじゃない!!」

 そう叫んで、頭を抱えて泣き崩れる樹里……。

 化け物?一体何のことっすか?!

 俺は金城さんに目配せしたっすが、やっぱり無視されたっす。

「金城さっ!……」

 俺が再び声を荒げたところで、金城さんはすっくと立ち上がり、泣いている樹里の元へと近付いていったっす。

 すると、金城さんは樹里の身体を優しく抱きしめ、ゆっくりと頭を撫で始めたっす。

「あたしは……人間……あたしは折原樹里……あたしは……あたしは……人間?…………あたしは……あたしは一体………」

 樹里は、金城さんの胸に抱かれている事にも気付いていないかのように、涙を流しながら、ぶつぶつと呟いている。

「……あたしは……………………………………あたしは化け物………あたしは………樹(いつき)……」

web小説 月下の白刃⑥

 俺は風を纏って人の目を欺きながら、妖気を辿って夜道を走ったっす。

 風で気配を乱して人の目を眩ます術なんすけど、今回は襲撃者に備えての用心っす。

 妖気の元にに近づくにつれ、血臭が強くなっていくっす。少なくとも10人以上の犠牲者が既に出てると見るべきっすね。

「……っ!」

 後一歩で現場に辿り着けるってとこで、突然奇妙な感覚に襲われ、俺は立ち止まったっす。

 例えるなら、走りながら薄い空気の膜を突っ切った時の様な僅かな抵抗をこの身で感じたのだったっす。

 ……これは……結界?……しかも、物理的な結界じゃなくって、精神結界っすね……。

 物理的に空間を遮断するんじゃなくて、心理的に「これ以上は進みたくない」と思わせることで人の行き来を遮断する術で、妖魔がよく好んで使うっす。

 俺は気を引き締め、辺りに気を配りながらじりじりと歩を進めたっす。

「……っ!!」

 角を曲がったところで目に入ってきた光景に、俺は言葉を失ったっす。

 目の前に広がる見るも無惨な惨劇の跡……道路の至る所が血で染まり、四肢を切断された人の死骸が辺り一面に散りばめられていたっす。

 俺は、吐き気をもよおしながらもその一つに手を伸ばし、遺体の状態を確認したっす。

 ……切断面が異様なほどに綺麗っす……。まるで空間ごと切り裂かれてしまったかのような切り口……でも筋組織の潰れ具合から、何かの術で切断されたものではなく、刃物で切断されているって事は確認できるっす。

 でも……

「綺麗すぎるっすね……」

 思わず口に出して確認する俺……。これほどまでに綺麗な切り口を、俺は今まで見たことないっす。

 それに……

「まだ温かいっす……。」

 俺は怒りと一抹の不安を抱えながら、そっとその遺体を地面に置くと、自分の感覚と風の精霊の能力(ちから)を最大限にまで研ぎ澄まし、敵の襲撃に備えたっす。

「………………っ!!」

 背後に空気の揺らぎを感じ、俺は反射的に風壁を流し込んだっす!

(ま、まずいっす!)

 "それ"はいとも簡単に風壁を切り裂くと、俺の懐へと入り込んできたのだったっす!

「くっ!」

―バホッ―

「っ!!」

 俺は咄嗟に、敵と自分の間の空気を弾けさせ、自分を吹き飛ばすことで難を逃れたっす!

 襲撃を仕掛けてきた相手も、俺の行動には意表を突かれたらしく、それ以上深追いはしてこなかったっす。

 俺は地面を転がりながら体勢を整えると、その相手の隙を突こうと、動きを止めることはせずに退きながら風の刃を放ったっす!

「風刃!」

―ビュン―

「温い……」

―ピキン―

 しかし俺の放った風の刃は、相手の振るった何かに遮られ弾かれてしまったっす!

(……こ、こいつは!)

 俺は、その相手を確認すると、絶句して動きを止めてしまったっす。

 月夜の闇に紛れて現れたのは、巨大な鎌を尾に持つ体長1mほどのイタチに似た生物……所謂、鎌イタチって奴だったのだったっす!

 鎌イタチっつったら妖魔の中でも比較的大人しい存在なのに……。

 俺のそんな驚きを気に留める様子もなく、鎌イタチは動きの止まった俺に向け、再びその巨大な鎌を振るってきたっす!

 俺はその一撃を間一髪避ける事に成功すると、負けじと術を組み立てていったっす!

「風の精霊よ…流れ乱れて……」

 しかし、鎌イタチは俺のそんな様子には構わず、無造作に突っ込んできたっす!

(早いっす!)

 半瞬後には、俺の脇を素早く通り過ぎて行く鎌イタチ……そして、奴の鎌が俺の脇腹を薙いでいったのだったっす……。



 俺の脇を走り抜けていく鎌鼬……その瞬間、俺の脇腹をこいつの大鎌が薙いでいったっす……が……

「……我を妨げし者共を切り裂け!乱風迅!」

俺は構わず呪文の詠唱を続けて術を放ったっす!

「っ!!」

 僅かに動揺した気配を放つ鎌鼬

 しかし鎌鼬は瞬時に動揺を掻き消すと、俺の乱風迅を自らが纏った風と大鎌で吹き飛ばしたっす。

 鎌鼬はこちらの様子を伺うように低い体勢でじっと動きを止めているっす。

 鎌鼬は風妖の一種っす。風を身に纏い、風そのものと化して素早い移動をする事が出来るっす。普通ならば人に捉えきれるスピードじゃないっすが……

「俺には通用しないっすよ!」

「……なる程……風使いか……」

 舌打ちをしながらそう呟く鎌鼬。正確には風だけ使える訳じゃないっすけどね。

 俺は風を"読める"っす。風がどう動いていつ向かってくるのかを読むなんて事は朝飯前っす。奴が風となって向かってくる限り、事前に動きを察知出来るっすから避けるのもそう難しい事じゃないのだったっす。

 今の一撃にしても、奴の大鎌は脇腹の薄皮一枚を薙いだけで、俺は大したダメージを受けてはいないのだったっすよ。

「……ならば戦い方を変えるまで。」

 そう言って四肢に妖気を漲らせた鎌鼬だったっすが、その時既に、奴は俺の術中にハマっていたのだったっす。

「っ?!…くっ……」

 焦りの混じった呻き声を上げる鎌鼬

 自分を取り巻く空気の層が、いつの間にか別の物に成り代わっていたことに、ようやく気付いたみたいっすね。

「俺は風使いじゃなくて五精使いっす。あんたの周りには俺が喚んだ水の精霊が集まっているっすよ。」

「いつの間に……」

 そう呻く鎌鼬

 俺は乱風迅の呪文の詠唱を始めると同時に、多重詠唱法と呼ばれる特殊な呪文詠唱を行っていたのだったっす。

 これは、最近身に付けた新しい能力の一つで、精霊魔法の呪文を唱える中で別な呪文の念を組み込み、複数の精霊魔法を同時に放つ高等呪文詠唱法っす。

 精霊魔法の呪文って言うのは、言葉その物に意味があるわけではなく、言葉を依り代に念を精霊に伝えることで術が発動するっす。

 だから意識を分割して二つの念を送り込むことで、二つの術を……理論的には幾つも念を込めることが出来るなら、何個でも魔法を同時に発動する事が出来るっすよ。

 俺の場合は、二つの魔法が精一杯なんすけど、それでも実は精霊使いでこれに成功した人物ってのは、数えるほどしかいないっす……兄貴は一枚の符で五つの魔法を同時に使えるようになったっすけどね……自信無くすっす……。

 ともかく俺の放った精霊魔法で、奴は鎌鼬としての生命線であるスピードを抑え込まれてしまったのだったっす。奴の動揺はその辺りから来るもんっす。

「くっ……」

 鎌鼬は飛び上がって、水の精霊の檻から逃れようとするっすが、その身体には幾つもの半透明の"手"が絡み付いて奴の動きを阻害しているっす。

 でも、さすがは鎌鼬っすね……水の精霊に纏わり付かれていても、その動きは並の妖魔を遙かに凌いでいるっす。

 これは油断は出来ないっす!

「水の精霊よ…滴と滴を……」

「っ!させるか!」

 俺の呪文の詠唱に気付いた鎌鼬が、俺に向かって突進して来たっす!

 でもそれはかえって好つご……っ!

 そこで一つの影が目の端に映ったっす!

「ダメっす樹里!こっちに来ちゃ!」

 呪文を練り上げようとしたところで、フラフラとこちらに近づいてくる樹里に気付いたっす!

 樹里は俺の警告に気付いた様子もなく、鎌鼬を見つめてぶつぶつと何かを呟きながらフラフラ近寄ってきてるっす!

「……に……ん…?…あ……は……き……」

「樹里!くっ……」

 俺は咄嗟に呪文の詠唱を放棄して、樹里を抱きかかえて地面に転がったっす!

「うっ!!」

 鎌鼬の大鎌が俺の背中を切り裂き、焼き付けるような痛みで思わず口から呻き声が吐いて出て来たっす。

 傷は……浅くはないけど致命傷ではないっす!反撃しなきゃやられるっす!

 俺は地面を転がりながら態勢を立て直し、鎌鼬の気配を探ったっす。

「風の精霊よ……」

 俺は鎌鼬の追撃に備えて神経を研ぎ澄まし、いつ奴が来ても良いように風の精霊を喚び集めたっす。

「……」

 しかし一向にやって来ない鎌鼬の追撃。

 俺は訝しく思って、気配を辿って頭を巡らし、奴の姿を確認したっす。

「……?」

 鎌鼬は目を見開き、人の顔ではないので分かりにくいっすがおそらく、驚愕の表情を浮かべてこちらを……いや樹里を見つめていたっす。

 なんかよく分かんないっすが、これはチャンスっす!

「水の精霊よ!滴と滴を銀の糸で紡ぎ、乱れ散れ!乱華銀雨(らんかぎんう)!!」

 俺は、集めた風の精霊ではなく、奴の周りを未だ漂ってる水の精霊に呼びかけて術を組み上げ解き放ったっす!

 水の精霊は小さな飛礫となって鎌鼬の周囲を取り囲み、お互いを銀色の糸で紡ぎ合うように乱れ飛んだっす!

「チッ……くっ……」

 鎌鼬は舌打ちを入れると、風と大鎌で俺の攻撃を防ぎながら飛び退いたっす!でも、全方位からの水の飛礫はさすがに完全には防ぎきれなかったみたいで、銀雨の何本かが奴の身体を貫いたのだったっす!

「止めっ……おっとっす!」

 止めの一撃を放とうとした途端、鎌鼬の四肢の指から伸びる細身の刃が、地面を突き破って飛び出してきたので、俺は樹里を抱えて慌てて飛び退いたっす!

「不覚……ここは一旦、退かせてもらう。……一応、名を聞かせてもらおうか。」

「……堤下栄っす。」

「……手下A?……誰の手下なのだ?」

「手下Aじゃなくて!て・い・し・た・え・い!っすぅぅぅぅぅ!!」

「……」

 なんすか?!その人を哀れむような視線はぁぁぁぁぁ!!

「私の名は風陀羅(かだら)……風斬りの風陀羅。手下Aとやら……次は殺す。」

 そう言うと、鎌鼬は風を纏って姿を消したのだったっす。

「だから俺の名前は堤下栄っすぅぅぅぅぅ!!」

 俺の絶叫が、虚しく闇に響きわたったのだったっす……ん?

「な、なんだこの血臭は!?」

 あ!こ、この声は!!

「あ!貴様は幼女連続誘拐犯!」

「ちがぁぁぁぁぁぁうっすぅぅぅぅぅ!!」

「何が違うものか!気を失ったいたいけな少女を抱きかかえておきながら!しかもこの惨殺死体遺棄現場……署で話を聞かせてもらおうか!!」

 目の前の刑事の言う通り、樹里はいつの間にやら気を失って、俺の腕の中でぐったりしているっす。それにこの死体の山……言い逃れは出来そうにないっす!!

「……取りあえずは……脱出っすぅぅぅぅぅ!!」

「あ!待てこら……」

「待てと言われて待つ馬鹿はいないっすよぉぉぉぉぉ!!」

 刑事の台詞を遮りながら、何事か寝言を呟いている樹里を抱きかかえ、俺は闇に紛れて逃走したっす!

 ……その時ふと耳に入る樹里の呟き……。

「……あ…たしは……い…つき……」

 ……いつき?

 浮かび上がる疑問符を心の中で抱えながら、俺は家路を急いだのだったっす……。











 その後、部屋に辿り着いたは良かったっすが、何故か俺の部屋で喘ぎ声を上げてるバカップルのせいで、会社への宿泊を余儀なくされた俺と樹里なのであった……。

web小説 月下の白刃⑤

「……」

 腕の中の半裸な樹里の姿を視認した途端、金城さんを取り巻く空気が、一気に氷点下へと陥った様だったっす。

 ……こ、怖いっす……腕の中の樹里も恐怖で打ち震えているっすよぉぉぉぉぉ!!

「か、金城さん!勘違いはいかんっすよ!!これにはマリアナ海溝よりも深い事情が……」

「手下A……あんた……たしかにあんたは手下Aよ……何年経っても手下Aの堤下栄だけど……だけど、だからと言ってやって良いこととと悪いことがあるでしょう!こんないたいけな少女に手を出そうとするなんて……そんな事……そんな事、誰が許すと思っているのかぁぁぁぁぁ!!」

「ま、待つっす!待つっすよ金城さん!!」

「貴様のような外道の毒牙に掛けるくらいなら……この私がその少女の全てを奪ってくれるわぁぁぁぁぁ!!」

「早まっちゃいか……へ?今なん……う、うわぁぁぁぁぁへぶしっ!!」

 家具を巻き込み吹き飛ぶ俺……樹里は半泣きの表情で、身動き取れずに金城さんにされるがままっす……そんな風に助けを求められても、今の俺にはどうすることもできないっす……すまんっす……。

 ソファーに仰向けに抑えつけられ、目尻から涙を滲ませ引きつった顔でブンブンと首を振る樹里に、金城さんは満面の笑みを浮かべて声を掛けたっす。

「うへへへ♪初な奴よのぅ……そんなに怖がらなんでも、この儂が一から十まで快楽の全てを教えてしんぜうべしっ!」

「はい、そこまで。」

 あ……あぁぁぁぁぁ!!絶体絶命のこの危機に、救世主が現れたっすぅぅぅぅぅ!!

 樹里の貞操が奪われるまさにその瞬間、水無月の兄貴が放った……へ?あれって鉄製のうちの中華鍋……いくら半妖の金城さんでも、それを頭部にガツンはちょっとまずいんじゃないっすか?

 兄貴は金城さんの頭部に叩きつけた中華鍋をポイッと投げ捨てると、付いた埃を払うかのようにパンパンと手を鳴らし、真顔でとんでもないことを口走ったっす。

「悪は滅びた。」

「……」

 え、え~と……ここは笑うところっすかね?

 俺がリアクションに困っていると、兄貴はこっちにずいっと体を寄せ、涙を流しながら俺の肩をポンと叩いて口を開いたっす。

「それよりも堤下!俺は……俺は嬉しい!お前にもとうとう春が来たんだな!例えその相手がロリータだったとしても、俺は当人同士が良いって言ってるんならそれでいいと思うぞ!」

「い、いやそれはちが……」

「例えお前が畜生にも劣る最低なロリコン野郎なんだとしても、俺のお前への信頼は変わらない!」

「……」

「それよりも俺は……事実お前が生きる価値のないロリコン野郎であたって事よりも、お前にとうとう彼女出来たって事が何よりも嬉しい!例えそれが世間的には許されざるロリータコンプレックスであったとしても!そう!俺は嬉しいんだぁぁぁぁぁ!!」

「……」

  神様……この人コロシテ良いっすか?今この場でこの人刺し殺しても、きっと誰も俺を責められないっすよね?

「堤下ぁぁぁぁぁ!!」

「はいぃぃぃぃぃっすっ!」

「相手だったら何時でもしてやるぞ?」

 ガァァァァァァ!この人やっぱり人の心が読めるっすよぉぉぉぉぉ!!

 口元には笑みが浮かんでいるのに、瞳の奥にはドライアイスよりも冷たい光が宿ってるっす……ぶるぶる……。

「くっ……」

 俺が恐怖に打ち震えていると、鉄製中華鍋で脳天を通打された金城さんが頭を抑えながらゆっくり立ち上がったっす。

「誰じゃ……我の命を脅かす命しらずの愚か者は……。」

 ……?

「ふふふ……さすがは千年の時を生き、世界中を恐怖のズンドコに陥れた大魔王……今の一撃で死ななかった奴は初めてだ……。」

 な、何事っすか?

「貴様か?……よかろう……それ程命がいらないというのであれば、この儂が一撃で黄泉の国へと送り込んでくれるわぁぁぁぁぁ!!」

 ……ま、まさかこの二人……

「望むところだ大魔王!世のため人のため、世界平和のためにこの俺が貴様を地獄の底へと送り返してやるぜぇぇぇぇぇ!!」

 ま、間違いないっす!この二人、間違いなく酔ってるっすぅぅぅぅぅ!!

「や、やめるっ……うぎゃっ!!」

 俺は無力にも吹き飛ばされたっすぅぅぅぅぅ!!

「「トリャァァァァァァ!!」」

「や、止めるっすぅぅぅぅぅ!俺の部屋が壊れるっすぅぅぅぅぅ!!………あ。」


 そして、二人を止められない自分の無力さを噛みしめ、この先起こるであろう惨劇を思って右往左往していると、神様が一つの奇跡をこの場に起こしてくれたのだったっす!

「「トリャァァァァァァ!!」」

 気勢をあげながら飛びかかる二人……しかし次の瞬間この場に一つの奇跡が起こったっす!!

―ガツン―
「うぎゃ!」

―ドカッ―
「いでっ!」

=ゴツン=
「「うべしっ!!」」

「「……」」

 目の前で繰り広げられたドリフのコントばりの出来事に、只、唖然とすることしかできない俺と樹里。

 金城さんは飛び上がった時に電気の傘に頭をぶつけ、兄貴は足を踏み出した時に足の小指をテーブルにぶつけて互いに体勢を崩し、最後にはお互いがお互いの頭に頭突きをかましてダブルノックダウンと相成ったのだったっす。

 酔っぱらっているとはいえ、この二人にはあり得ないこの状況……きっと哀れな手下Aに神様が救いの手をさしのべてくれたに違いないっす!viva神様!あんたに一生付いていくっす!!

 さっきまで恐怖に打ち震えていた樹里も、落ち着きを取り戻したようで、落ちていた菜箸で二人をツンツンとつついているっす。

「樹里、止めるっすよ。後でどんな仕返しされるか分かったもんじゃな……っ!」

 そこまで言ったところで、突然一つの気配が風に乗ってこの場に流れてきたっす。

「……これは……」

=ガバッ=

「……殺気と妖気。」

「それと血の臭いだ。」

 それまで床で、車にひかれたヒキガエルが如く伸びていた二人が、突然ガバッと起き上がり、真顔でそう口を開いたっす。

 さすがっすね。気絶していても、こんな小さな気配を敏感に察知して目覚める事できるんすから。

 今のノックダウンで酔いが醒めたっすかね?

「事件よ!手下A!私に着いてきなさい!」

 金城さんは、こっちも見ずにそう声を上げると、ガバッと立ち上がり玄関に向けて走り出したっす!

「は、はいっ……す?」

 ……あれ?金城さん、なんか体が左に傾いてるっすよ?

「あれ?……うにゃっ!…うにっ!…うぎょっ!…うみゅっ!……うみゃぁぁぁぁぁ……」

 そのまま壁に激突し、狸の置物に躓くとピンボールが如く、右へ左へと壁にバウンドすると、そのまま玄関脇にある非常階段を転がり落ちていったっす。

「……」

「……み、美依さん!貴様!よくも美依さんを!」

 続いて水無月の兄貴が、そう声を上げると真顔で構えを取ったっす……狸の置物に対して。

「美依さん仇は、この俺、水無月裕太が取らせてもらう!トリャァァァァァァ………あ……あ!…あぎゃ!…あぎっ!…うぎっ!…ぶぎっ!…ふぎゃぁぁぁぁぁ……」

 まるで、録画ビデオの再生シーンを見ているかのように目前で繰り広げられるその光景……兄貴は金城さんと同様に、非常階段を転がり落ちていったっす……あの二人、一体何しに来たんすかね?

「……は!んな事よりも、問題はこの妖気の出所っす!樹里!俺は少し出るっすから先に寝てるっす!」

 そう樹里に声を掛けると、何か言いたげな彼女を残して、俺は月が明るい夜の街へと躍り出たのだったっす……。










 あ、樹里に二人の世話するように言っとくの忘れたっす。

web小説 月下の白刃④

 部屋の中にはいると、少女は安心したのか直ぐに俺の上着から手を離して解放してくれたっす。

「取り敢えず、そこのソファーにでも座ってくつろぐっす。」

 俺は少女にそう言うと、台所でジュースを用意して戻ったっす。

 ジュースをテーブルに置くと、俺は少女とは向かい合わせの椅子に腰掛け、早速詰問を開始することにしたっす。

「早速聞くっすよ?君は一体……」

―ギュルギュルギュル~―

「……」

 どちらかというと今まで表情が薄かった目の前の少女が、今は耳まで真っ赤になってそっぽを向いて今のギュルギュルを誤魔化しているっす。

「……カップラーメンしか無いっすが食べるっすか?」

 俺の言葉に激しい頷きを返してくる少女の為に、俺は苦笑しながらも、もう一度台所に戻ったっす。








 三つのカップラーメンを汁まで飲み干して少女はようやく満足したのか、テーブルにパチンと箸を置いて両手を合わせてお辞儀をしたっす。

「……それじゃ話しを再開……っていきなり何で服を脱ぎ始めてるっすか!」

 俺は、突然服を脱ぎ始めた少女に、たまたまソファーの背もたれに掛かっていたタオルケットを慌てて被せたっす!

 不思議そうに見上げてくる少女をなるべく見ないように心がけながら、俺はゆっくり彼女に向かって口を開いたっす。

「さっきも言ったっすけど、もうあのお金は君にあげた物っす。そのお金で君を買おうだなんてこれっぽっちも思って無いっす。今日はもう遅いから泊めてあげるっすけど、明日になったら直ぐ帰る……ってだからだめだって言ってるんすよ!」

「……」

 話しの途中からにじり寄ってきた少女をそう牽制すると、少女はやっぱり不満そうに見上げてきたっす。

 くっ……負けてたまるかっす!

「大体お互い名前もしらな……」

「樹里。」

「……い……へ?樹里?」

「……」

 無言でコクンと頷く少女。

「樹里って……君の名前っすか?つーか君、しゃべれるんすか?」

「……」

 再び頷きを返してくる少女、樹里。

 どっちに対する頷きだったかは分からないっすが、とにかく彼女の名前は《樹里》でしかもしゃべれるって事も間違いないらしいっす。

 今まで一言もしゃべってなかったからてっきりしゃべれないもんだと……ってだからなんでにじり寄ってくるっすかぁぁぁぁぁ!

「名前分かったらいいってもんじゃないっすぅぅぅぅぅ!!」

 ぷうっと頬を膨らませて不満を露わにする樹里。

 くっ……負けそうっす……。

「だ、ダメなものはダメっす!……大体何で見ず知らずの俺とそんなにしたがるっすか?」

 自慢じゃないけどモテないことに関しては、金城さんのお墨付きっす……しくしく。

「……お礼。」

 一言だけ、そう呟くように口を開くと、樹里は一気に距離を詰めて俺の胸に飛び込んできたのだったっす!

「わっ!ちょ、ちょっと!だめっすよ!お礼なんていらないっすよ!!」

「家の家訓……タダで貰うな……お金に食事に今夜の宿……だからお礼……。」

「お礼だったら別な方法だってあるっすよ!」

「……?男の人は……みんな好きなんでしょ?」

 不思議そうにこっちを見上げてそう樹里は呟くと、目元をほんのり紅く染めてその顔をを俺の胸に押しつけてきたっす……。











 どうする俺……。











 どうするっか俺ぇぇぇぇぇ!!



「だだだだだからダメだって言ってるっす!自慢じゃないけど俺はまだ人間相手には童貞っす!こんな俺に身を任せたら後々心の傷になるっすよぉぉぉぉぉ!」

「……あたし……栄ならいいわ……。」

「っ!!」

 樹里は俺の胸に押し当てていた顔を再び上げそう口を開くと、潤んだその瞳でじっと俺を見つめてきたっす……。

 幼い容貌の中で、唯一その瞳だけは大人びた憂いの光を帯びており、そんな瞳で見上げられれば、大抵の男は心の淵にある保護欲を、否応なしに掻き立てられるに違い無いっす!

 それは俺に関しても例外ではなく、最早、俺の中の最後の理性の炎は風前の灯火だったのだったっす!








 ……と自分に言い訳しても良かったっすが(あ、良くは無いっすね)、良くも悪くもこの俺は堤下栄その人だったのだったっす…………あ、意味分かんないっすかね?

 まぁ要するに、俺の巨乳に対する拘りが、樹里の貞操を救ったって事なのだったっす。

 それともう一つ……今の台詞で、俺には気になることが出来たっす。

 俺は、樹里の両肩に再びタオルケットをふわりと掛けると、そっと俺の体から樹里を離し、にっこり笑って話しかけたっす。

「樹里……君の今までの人生に、一体何があったのかは分かんないっすし、聞かないっす……。でも、君が何か迷っているのも、不安に思ってるのも何となく分かるっす。だから、こんな方法で助けを求めなくても俺は君を助けてあげるっすよ……。」

 樹里は……俺の名前を呼んだっす。表札が出てるっすから《堤下》ってのは、注意深い人間なら分かってもおかしくないっす。

 でも、彼女と出会って今に至るまでの間で、俺の《栄》って名前は、彼女の耳には入ってはいないはずなんす。

 つまりは彼女は初めから俺がどこの誰なのか……そして俺が術を繰り出した時の彼女の反応を見れば、彼女には俺がどういう人間なのか分かっているってのも見て取れるっす。

 風の精霊達も、彼女の行動の違和感を俺に伝えてくれてたっすから、俺は彼女の行動の意味に何となく気付いたのだったっす。

 樹里は俺の台詞にハッとなり、咄嗟に身を引いて口元を手で押さえ、か細い声を絞り出したっす。

「……不能?」

「ち・が・うっすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 半泣きになりながらの俺の絶叫がよっぽどおかしかったのか、樹里は目尻から涙を滲ませながら一頻り笑うと、天井の方を見上げて息を吐き、そしてゆっくり頭を下げたっす。

「……ごめんなさい。」

 俺は、溜息を一つ入れると、苦笑しながら口を開いたっす。

「……君が謝る必要は何もないっすよ。今日はもう遅いっすからゆっくり休むとして、明日また話を聞くっす。」

「……」

 樹里はにっこり笑って頷くと、さっきの人を誘うような包容ではなく、感謝の意を表す包容を交わし、俺の耳元で「ありがと」と呟いたのだったっす。

 俺は少々照れくさかったので、軽く樹里の背中を叩きながら耳元で囁いたっす。

「ほらほら女の子はもうちょっと恥じらいを持つっすよ?早く服を着て……」

―ガチャガチャガッチャン―

「ウイィィィッス手下A!落ち込んで自殺なんかしてないかえ♪」

 その時突然鳴り響く、ドアノブをぶち壊す破壊音……そして今最も聞きたくはなかった人物(酔っぱらい)から放たれる騒音(ごあいさつ)がこの部屋を埋め尽くしたっす……。

「安心せい♪このわたくし金城美依が、じっくり慰め(酒の肴にし)てあげ……あれ?」

「……」

「……」

「……」

 突然の乱入に只々唖然とするしかない俺と樹里。

 その樹里は、俺の腕の中で幼い体を惜しげもなく見せているっす……。









 ……何故このタイミングでこの人が?

 何故、今日という日にこの人がこの場に?

 何故、俺にばっかりこんな試練を与えるっすか?

 神様!今直ぐこの問いに答えるっすぅぅぅぅぅ!!

 俺の心を絶望が覆い尽くしたのだったっす……。