web小説 月下の白刃③
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
俺は追っ手を、街中グルグル走り回って何とか撒くと、両手を膝について呼吸を整え始めたっす。
やけに元気な警官だったっす……撒くのに一時間も走り続けなきゃなんなかったっす……。
「はぁはぁはぁ…はぁ~……」
俺は最後に大きく息を吐くと、身体を起こして再び歩き出したっす。
「はぁ……しばらくはあの街には行けないっすね。あの警官に見つかったら間違いなく犯罪者扱いっす。」
「……」
「だいたいあの娘は何だったんすかね……」
「……」
「確かに可愛い娘だったっすけど、俺は決してロリコンじゃないっす!」
「……」
「顔が可愛くてもあの胸じゃ……。俺としては、こうもっとむぎゅっと胸が大きい……?」
「……」
「……」
「……」
「な……」
「……」
「な、何で君がここにいるっすかぁぁぁぁぁ!!」
「っ!!」
自分の胸に両手を押し当てて、少し悲しそうな表情をしていた少女が、俺の上げた悲鳴混じりの大声にびっくりしてピョンと飛び上がると、こっちに抗議の視線を送ってきたっす!
抗議したいのはこっちの方っす!
「一体、誰のせいで逃げ回ってると思ってるんすか!さっきも言ったとおり、お金はそのままあげるから、さっさと家に帰るっす!」
「……」
無言で首を振る少女。その目には強い光と決意が漲っているっす。
……この手の相手に、言葉で何かを諭そうとしても無駄っすね……。こんな時間にこんな場所をうろうろしてるって事は気になるっすが、家庭の事情に首を突っ込むのは気が進まないっす……。ここは……
「逃げるが勝ちっす!世間の荒波に存分に揉まれるがいいっすぅぅぅぅぅ!!」
俺は脱兎の如く逃げ出したっす!
俺の逃げ足は、水無月の兄貴も認めるとこ……な!嘘!!平気な顔で付いてくるっすぅぅぅぅぅ!!!
うぐ……こうなったら……
「風の精霊よ……我が手となり足となれ……」
俺はそっと呪文を口ずさむと、風を纏って壁伝いに一気に建物の屋上まで登りつめたっす!
「あははははははっすぅぅぅぅぅ♪バイバイきぃぃぃんっすぅぅぅぅぅ♪」
哄笑と少女を残して、俺はその場を華麗に立ち去ったっす。
……もしかして俺の好感度下がりまくりっすかね……しくしく……。
神様、俺が望んでいるのは、こんな出会いじゃなくて、もっと普通の出会いっす……。
願わくばこの哀れな手下Aに愛の手を……出来れば巨乳で……出来れば年上で……。
「到着ぅぅぅ♪」
俺は、マンションに到着すると、キョロキョロと辺りを見渡して確認してホッとため息を一つ入れ、マンションのセキュリティーを解除して建物に入ろうとしたっす。
―タッタッタッ……むんず―
軽いリズミカルな足音の後に、俺の上着に掛かる僅かな負荷……。
俺はげんなりしながら後ろを振り返ったっす。
そこにいるのは、さすがに汗は滲んでいるっすが呼吸は全く乱れていない、何かを訴えるかのように上目遣いでこちらを見上げている少女の姿だったっす。
口元にキュッと力が入っているところを見ると、どうやら姫は些かご立腹の様だったっす。
「……はっ……なして欲しいんすけど?」
あげかけた怒声を抑えて、小声でそう言ったっすけど、少女はブンブンと首を振って、上着から手を離してはくれなかったっす。
「……はぁ……分かったっす。取り敢えず、ここでは何だから部屋に来るっす。話はそこで聞くっす。」
俺がそう言うと、少女はほんの少し口元を緩めて、コクンと頷いたっす。
ここでまた大声出して近所の人に見られでもしたら、俺は明日から素顔晒して部屋に戻ることが出来なくなりそうっす。
それに……風を纏い、空を疾って此処まで来たはずなのに、この娘は地上の道を迷うことなく追い縋り、見事俺に追いつくことが出来たっす……。
普通の人間では有り得ないその能力(ちから)に、俺は興味や感嘆よりも、寧ろ不安と疑念を覚えたっす。
風の精霊から伝わる気配は明らかに人の物であるのに、実際に目にした彼女の印象は妖魔のそれだったっす。
このまま彼女を野放しにしておくのは、些か不安が残るっす……。
俺はそう考えて、彼女を部屋で監視することに決めたのだったっす。
いやマジで。
俺は周りに人気がないことを確認してから、監視カメラの死角を突きつつ部屋へと急いだっす。
これ以上、犯罪者扱いはごめんっす。
少女は、上着の端から手は離さないっすが、物珍しげにキョロキョロしてる以外はいたって大人しく着いてきてるっす。
その顔立ちはさっきも言ったとおり、ややつり上がった目尻から冷たい印象を受けるっすが、その幼い見た目にはそぐわない深い闇が見て取れるような気がするのは、きっと気のせいではないっす。
あいつと同じっすね……。
そう心の中で呟く俺……。
しかし、思い起こした一つの人影は、ジャポンの玉みたいに直ぐに弾けて消えたのだったっす……。
web小説 月下の白刃②
「うぃ~す……どうせ俺は手下Aっす……いつまで経っても手下Aっす……ヒック……どうあがこうと手下Aっす……俺は永遠に手下Aっすぅぅぅぅぅ!……ヒック……」
俺の名前は手下A……じゃなかった…堤下栄っす。以後お見知り置きをっす。
水無月の兄貴に誘われて今日も合コンに参加したけど、見事なまでの惨敗を喫してしまったっす……。
何故っすか?何故なんでしょうか?何でいつもいつも……美味しいところは兄貴にさらわれちまうんすかぁぁぁぁぁ!
金城さんって恋人(ひと)がありながら、何でいつもいつもいつもいつも!一番の綺麗どころを持ってっちまうんすか兄貴はぁぁぁぁぁ!
……あの眼鏡の帽子の娘は可愛いかったっす……。
いつも帽子を深めに被っていて、口数が少なくて控えめで……何よりあの丸い大きめの眼鏡が彼女の清楚な雰囲気をより一層引き立てていて……兎に角、金城さんとは正反対な可憐さを秘めたあの彼女に、俺は心を奪われちまったっすぅぅぅぅぅ!
……でもいつも兄貴の側にいて、まだ一度も話しかけたことがないっす……。それどころか、いつも声が小さいから、まともに声を聞いたこともないっす……。
でも、そんなシャイでお淑やかなところが、俺のハートをズキュンと打ち抜いていくんすよぉぉぉぉぉ!
……今度兄貴に紹介してもらおうかな?……金城さんにバラされたくなければって言えば、案外簡単に紹介して貰えるかも……い、いやいやダメっす!そんな事したら後でどんな報復が待っているか……ぶるぶる。
「はぁ……どうすればいいっすかねぇ……ん?」
とぼとぼと歩いていると、突然俺の行く手を一つの人影が遮ったっす。
顔を上げると一人の少女が……何故か右手を差し出して何かを催促してきてるっす。
……お手。
―ドゴッ―
「うごっ……な、何するっすか……」
少女はいきなり俺の下腹部に膝蹴りをかましてきやがったっす……まだ一回しか使ってないのに使いものになんなくなったらどうしてくれるっすか……あ、何か虚しいっす……。
しくしくと泣き崩れて悶絶している俺に、また手を差し出して何かを催促してくる少女。
年の頃は、12~3歳位っすかね?
真っ黒な長い髪を、所謂「cap」ってやつを被って隠していて、バスケの選手が履いてるようなスパッツと大きめのTシャツ、そしてスニーカーを身に着けて手を差し出しているっす。
顔は小顔で、ややつり上がった茶色がかった黒い瞳から少し冷たい印象を受けるっすけど、まぁ文句無しに美少女の部類に入る少女っす。……あ!俺にはその手の趣味は無いっすよ?あくまで一般論っす。
その美少女が片手を差し出して催促してくる様は、世の美少女愛好家なら涎を流して驚喜するだろうっすけど、この俺、堤下栄にそんなものが通じると思ったら大間違いっすよ?
俺は毅然と……財布の中の一万円を一枚手渡したのだったっす。しくしく。
その美少女は、俺の渡した一枚の一万円札を不満そうに見つめると、ため息を吐いて腰のポシェットにそれを押し込んだっす。
タダで貰っておきながら、なんつー態度っすか!
さすがにこれ以上はつき合いきれないと思い、俺は踵を返して歩き始めたっす。
―むんず―
「……なんすか?これ以上は何も出ないっすよ。」
歩きかけた俺を、右手を掴んで引き止める少女に、極力冷たく聞こえるように意識して、俺はそう言ったっす。これ以上は彼女への教育上、良くないっす。
「……」
しかし、少女は俺の言葉には耳を貸さず、グイグイと俺の手首を引っ張りながら人気のない裏路地へと足を進めて行ったっす。
「ち、ちょっといきなり何すか?!俺はこれ以上、君と遊んでるわけには行かないっす!離すっす!」
「……」
聞こえているのかいないのか、やはり無言でグイグイ引っ張って行くっす。
振り払っても良かったっすけど、それはそれで大人気ないと思って、俺は黙って着いていくことに……ってここはラブホ街じゃないっすか!
「な、何考えてるんすか!?俺はそんなつもりでお金渡した訳じゃないっす!その金はあげるから離して欲しいっす!」
突然の展開に、俺は"愚か"にも"大声"で彼女の行動を止めようとしてしまったっす!
気付いた時には……人だかりがぁぁぁぁぁ!!
違うっす!これは俺の意志とは関係ないっす!そんな、俺に犯罪者見るような視線、向けないで欲しいっすぅぅぅぅぅ!!
「や、やめるっす!これ以上俺の好感度を下げるような行動は謹んで……」
「ああ……ちょっといいかね?」
少女ともみ合ってるところを、誰かに肩を叩かれ、声を掛けられたっす。
機械仕掛けの人形の様にキキィ~っと振り向くと……
「はい、私はこういうものね。君、こんないたいけな女の子を何処に連れ込もうとしているのかね?」
振り向くと……警察手帳がぁぁぁぁぁ!
しまった!新手の美人局だったっすか!?
俺は……気付くと風の精霊に呼び掛けて目眩ましをし掛け、少女の手を振り払ってその場を走り去っていたっす……。
神様、何故っすか?
俺は何も悪い事してないっすよ?
……手下Aだからっすか?
手下Aであることが悪いんすか?!
手下Aがそんなにいけないことっすか?!
手下Aだって生きてるんすよ?!
手下Aにだって幸せになる権利ぐらいあるんじゃないっすか?
神様!手下Aに愛の手をぉぉぉぉぉ!!
web小説 月下の白刃①
月下の白刃
「……っ!!篤郎!!」
「……」
「篤郎……一体……」
「俺だよ……」
「っ!!に、兄さ…!……その血……」
「だから俺がやった……篤郎を殺したのは……里の皆を殺したのはこの俺だ。」
「な…ぜ……何故!」
「自分の強さを知る為に。」
「……え?…そん…な…事の……為に?そんな事の為に皆を……弟である篤郎をも殺したのですか!?」
「俺達が持つ《これ》はその為にあるのだと思わないか?相手を切り殺す以外、《これ》が何の役に立つ?」
「それは心がけ一つでしょう……。」
「……そうか。やはりお前とは相容れぬか。まぁいい。後はお前だけだ。篤郎の元へと逝くがいい。」
「……」
「ふ、その目……さっきの台詞は撤回だ。やはりお前は《こちら側》の存在だ。《そちら側》ではさぞかし窮屈だったであろう。」
「黙れ……」
「恥じる必要はない。それ以上自分を抑える必要もない。」
「黙れ!」
「《これ》を持つ以上、我々はこうなる事が当たり前なのだ。言わばこれが我々の宿命。」
「黙れぇぇぇぇぇ!!」
二匹の獣が月光に重なり、新たな悲劇が幕を開けた……。
人知れず……そう、誰もいない森の奥でそっと……。
web小説 月下の白刃-目次-
現在『小説家になろう』で連載中の
「通りすがりの猫女」
のスピンオフで、サブキャラ堤下栄が主役の
「月下の白刃」
のリニューアル前の作品をこちらにアップさせていただきます。
前回アップした「炎の意思」と同様、こちらの作品も、他サイトでアップした物をリニューアルし『小説家になろう』の方でアップしておりますが、リニューアル前をこちらにアップして起きますので、読み比べていただけると嬉しいです。
殆どリニューアル前の状態でアップしておりますが、ページを繋げたところなんかは少し弄ってます。
誤字脱字に関しては修正してないのでそのままですが気にしないで下さいww
因みに『小説家になろう』の方はこちら
→https://ncode.syosetu.com/n6832gk/63/
月下の白刃①
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/002814
月下の白刃②
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/002940
月下の白刃③
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003004
月下の白刃④
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003022
月下の白刃⑤
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003123
月下の白刃⑥
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003209
月下の白刃⑦
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003235
月下の白刃⑧
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003300
月下の白刃⑨
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003312
月下の白刃⑩
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003331
月下の白刃⑪
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003345
月下の白刃⑫
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003358
月下の白刃⑬
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003414
月下の白刃⑭
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003434
月下の白刃⑮
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003449
月下の白刃⑯
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/23/003507
トーラムプレイ日誌?ミクコラボ
最近はweb小説に掛かり切りであまり時間をかけては遊んでいませんが、ちょこちょことINしてます。
今、トーラムではクリスマスイベントと初音ミクコラボイベントが開催されており、それにちょこちょこ参加中。
今日はミクコラボに行ってきたのですが、コラボイベント参加するとポイントが貰え、それでアイテムを交換できるんですが、その中で自動弓も交換できるので何個か交換してきました。
その中で、私個人としてはとんでもないと思えるプロパの自動弓をゲット。
満足満足♪
自動弓で命中100クリティカル100速度1000って破格だと思う(;´∀`)
Web小説 炎の意思〜目次〜
今現在、「小説家になろう」サイトで別なサイトで書いていたWeb小説のリニューアル版をアップしているのですが、そちらでは載せられない、リニューアル前の状態の文章をアップしようかと思っています。
リニューアル前と後、読み比べていただければ幸いです。
先ずは「通りすがりの猫女」に登場するサブキャラクターである仁藤基が主人公のスピンオフ作品です。
仁藤基はリニューアル前と後では能力が変わってしまったので、本編の作品の中でも1、2位を争うほど書くのが面倒臭いキャラクターです。
当然ですが、スピンオフでもこれが原因でリニューアルに手間取っています。
そこを踏まえて両方読んでいただけるとお楽しみ頂けるかと思います。
以下目次です。5話完結
炎の意思①
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/07/090445
炎の意思②
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/07/090906
炎の意思③
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/07/091333
炎の意思④
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/07/094038
炎の意思⑤
https://farfalote.hatenablog.com/entry/2020/12/07/094038
Web小説 炎の意思⑤
ー炎の意思⑤ー
「基・・・よく無事で・・・」
「あんまり無事でもねーけどな。」
俺は苦笑しながらそう返す。イフリートの力がなければあの場を切り抜けるのは難しかっただろう。
薫は俺の言葉に、更に驚きを深くしてまじまじと俺を見つめてくる。
「・・・な、なんだよ・・・」
「・・・基・・・なんだか少し変わりましたね・・・。」
少し感慨深げにそう口を開く薫。
今までの言動から言えば、そう思われてもやむを得ねぇところか。
「・・・待たせたな。」
俺の言葉に目を丸くした薫だったが、その言葉の意味に気付いたのだろう、一つ息を吐き、にこりと笑って口を開いた。
「いえ・・・それどころか、この日が来るだなんて思いもしませんでしたよ。」
イタズラっぽくウィンクしながらそう返してくる薫。・・・コイツも変わった。昔はこんな冗談も言えないくらいクソ真面目だったからな。
「ちげーねぇ。」
頭をポリポリと掻きながら、視線を逸らしてそう応える俺。
その時、突如として響き渡る宗家の笑い声。
「あっはっはっはっ!・・・なるほど・・・少しは成長したようだな。しかし、今のはまだまだ序の口だ・・・大口を叩くのは、次の一撃を受けてから・・・ってオイ!貴様何処へ行く!」
「・・・薫、行こうぜ。俺の用はもう済んだ。」
「自分勝手なのは変わってませんね。私は父上に呼ばれてここに来たのですよ?私の用はまだ済んではいないというのに・・・。」
ため息を吐いて・・・しかしどこか嬉しそうにそう言ってくる薫。
「腹減ったんだよ。せっかくここまで来たんだから、あそこ寄って行こうぜ?」
「またウナギですか?私は今、タシロ屋のショートケーキが食べたいんですが・・・。」
「帰りに買って帰ればいいだろう。職場の連中にも、なんか買って帰んなきゃなんねぇし・・・。」
「珍しいですね。貴方がそんな風に他人に気を配るなんて・・・。」
「い、いや・・・今回は何かしとかないと、立場的にやべぇ・・・。」
そう言い合いながら、戸口の方へと足を向ける俺たち二人。
「こ、こら!待たんか貴様等!儂の話しはまだ済んではおらぬ!・・・薫!大体お前は儂がこの場に呼んだのであろうが!儂の話を聞かずにこの場を立ち去ろうとするは何事か!」
「・・・父上。話しは日を置いて改めて・・・。」
少し考え込んで、そう答える薫だったが、宗家がそれで納得するはずもない。
「馬鹿者!宗家たるこの儂の言を差し置いて、男の元に走るとは何事か!!」
「・・・ふぅ・・・分かりました。基、今日のところは父上・・・」
そう言いかけた薫を制して一歩前に進み出ると、俺は宗家に向かって口を開いた。
「・・・薫の腹には俺の子が居る。」
「ち、ちょっと基!」
慌てたように俺の言葉を遮ろうとする薫だったが、俺は構わず言葉を続ける。
「体調面を考慮して、話しは後日にしてもらいてぇ。」
最近、薫を悩ませていたのはこの事だ。俺がもっとしっかりしていれば、薫もあそこまで悩まなかっただろう。
「貴様・・・駒野家の子を授かるという事がどういう事かを理解しておるのか?」
さっきまでの、高圧的だが俺を舐めていたが為にそれ程威圧感が無かったその気配が瞬時に一変し、明らかにさっきとは質の違う、冷厳且つ刃物のような鋭い殺気が俺の身を貫く。
「基・・・何でこうもっと言葉を選べないんですか・・・。」
「悪いが性分だ。」
ため息を吐く薫にそう言い返して、再びジッポを取り出す俺。
あのまま何食わぬ顔で立ち去っても良かったんだが、思い直して事実を告げる事にした。
一つのけじめとして・・・。
事実を知った宗家が俺を許せねぇっつぅのであれば、それを受け止めるのが筋ってもんだろう。
「薫は下がってろ。」
「出来るわけないでしょう!」
「自分一人の身じゃねぇんだから下がっててくれ。」
「・・・ズルいです・・・。」
そう言い合っていると、宗家がズイッと足を進めてくる。
「もう一度問うぞ?"分かっておるのか?"」
「・・・"駒野家の子"じゃねぇ・・・"俺と薫の子"だ。」
俺はそう言い返すと、ジッポに炎を灯す。
「やはり分かっておらぬな・・・望む望まずに関わらず、駒野家の血を引く者は、駒野家の一員であることを宿命付けられるのだ!愚か者が!」
俺はこの事に関して宗家と言い合うつもりはない。所詮、出自も分かんねぇ俺みたいな人間には理解できない発想だ。多分この件に関しては、薫とも平行線を辿るだろう。
俺は無言で宗家の視線を受け止める。
「我が一族の名を汚す愚か者よ・・・貴様は今ここで・・・」
「まぁ良いではありませんか。」
宗家の殺気が最高潮まで強まったその瞬間、その台詞を遮る形で、この場の雰囲気にはそぐわない間延びした女性の声が鳴り響き、その声が3人の動きを瞬時に凍り付かせたのだった。
「・・・で、義母さんが出て来てその場は治まったわけだ?」
「はい・・・。」
薫はため息を吐きながら、猫女の問いに頷いた。
命懸けの説得は回避されたから、俺としては良かったんだが・・・
「いや~♪薫ちゃんのお父さんもやるわよねぇ~♪自分の娘より若い奥さん貰っちゃうんだもん♪その上、子供まで作っちゃうなんてまだまだ若いわ~♪」
俺が買ってきたタシロ屋のプリンを至極満足気にパクつきながら、何だかやけに嬉しそうにそう口を開く猫女。
「笑い事じゃありません!父上は亡き母に生涯後妻は設けぬと誓いを立てていたのですよ?!それを、まだ二年と経たぬ内から・・・しかもその相手は私の友人で・・・」
そう。あの時現れた女性は宗家の後妻に収まった薫の友人で、先妻・・・つまり薫の母親が死んだ後に駒野家の家政婦としてやってきて、宗家に見初められて恋仲になったんだとかなんとか・・・。しかも既に妊娠6ヶ月。
事態を把握した薫の冷たい視線を受けながら、それまでの威厳もどこへやら、しどろもどろになって全てを語った宗家は、俺には滑稽であるよりも何やら哀れに思えたってのはここだけの話しだ。
「まあまあまあ・・・お父さんだって一人じゃ寂しかったんでしょ?それに宗家って立場だったら跡継ぎが薫ちゃん一人ってのも問題だと思うけど?年の差だって気にするほどのもんじゃないって♪」
「まぁ金城さんからすれば、駒野のお父さんだってまだまだ若造ブヘヒッ・・・」
「・・・殴るわよ?」
と、チャレンジャーな堤下に踵落としをかましつつそう言い放つ猫女。
堤下も学習能力がない。毎回同じパターンでやられてやがる。・・・もしかしてやられるのが快感になってるのか?
「・・・良くないですよぉ・・・私にも世間体って物が・・・」
「でもお陰で基ちゃんとの仲、認めてもらえそうなんでしょ?」
「それはそうですが・・・でも普通、6ヶ月にもなってから言う事じゃないと思いません?」
「娘に言うか言わないかで悩んだ月日でしょ?駒野家の宗家と言えども人の子よねぇ♪」
「それでいて、私達の事は許さないっておかしいじゃないですか・・・。」
「そりゃぁ自分の娘のことだもの・・・こんな何処の馬とも知れない、チャラついた男を前にしたら、誰だって二の足踏むわよ♪」
「悪かったな・・・何処の馬とも知れなくて。」
そう言って、二人のやり取りから背を向ける俺。猫女には、今回デカい借りを作っちまったから、何を言われても反論できねぇ。
それに、俺からすれば薫の言い分より、猫女が言ってることの方が理解できる。
猫女はつまんなそうに鼻を鳴らすと、再びプリンをパクつきながら、ターゲットを薫に変えて話し始めたのだった・・・。
俺はベランダに出て、タバコに火を点けて遙か遠くをぼんやりと眺める。
『俺は変われたんだろうか?』
その疑問は、未だに俺の中でくすぶっている・・・。
だが、猫女にからかわれながらも笑顔を見せてる薫を前にしたら、そんな疑問は何の意味も持たない事なんだって事に俺はようやく気付く事が出来た。
変われたかどうかなんか大した問題じゃねぇ。
俺はただ、あの笑顔を守るために能力(ちから)を振るえればそれでいい。
茜色に染まった西の空を眺めながら、俺は心にそう「ブベシッ!」
「・・・何、一人で染まってんのよぉ・・・一人で締めるなんて百年早い・・・お~い、聞いてるか~?」
俺の意識は、猫女の踵を頭部に食い込ませたまま、深い闇へと引きずり込まれたのだった・・・いつか殺す。